《 労働者の安全への配慮(安全配慮義務) 》

 (労働契約法第5条)

  

(労働者の安全への配慮) 

 

労働契約法第五条 

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、

必要な配慮をするものとする。 

 

(法の趣旨) 

 

通常、労働者は、使用者が指定した場所に配置され、使用者が供給する設備や器具等を用いて、労働に従事しています。
このことより、判例では、労働契約の内容として具体的に定めなくても、労働契約に伴い、信義則上当然に(労働契約に付随して)、使用者は、労働者を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものとされています。

 

(安全配慮義務に関する裁判例)

 

5条は、労働契約の基本ルールの一つとして、安全配慮義務を明文化したものであり、安全配慮の具体的に実施すべき行為については、裁判例を参考にする必要があります。 

 

1.   陸上自衛隊事件(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決。最高裁判所民事判例集29巻2号143頁)
「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下
「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。」
「右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、
当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべき」ものである。 

このように最高裁は、法律関係の付随的義務かつ審議上負うべきものとして、安全配慮義務があることを明確に確認したのです。 


2.川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決。最高裁判所民事判例集38巻6号557頁)
「雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払いをその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。」
「もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」。
 

 この安全配慮義務については、労働基準法や民法等の規定では明らかにされていませんでした。このため、労働契約法第5条に、使用者は当然に安全配慮義務を負うことが規定されました。 

 使用者は、労働契約に基づいて、その本来の債務として賃金支払義務を負います。これは、労働契約法第2条第2項に「この法律において『使用者』とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう」とあるように、労働に対する対償(対価)として、当然賃金を支払う義務を負います。

 また、労働契約法第5条では、個別の労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として、当然に安全配慮義務を負うことを明確にしました。
 ここで、労働契約法第5条の「労働契約に伴い」というのは、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として、当然に、使用者は安全配慮義務を負うことです。 

(労働契約関係における権利義務) 


 労働契約関係においては、労務の提供とその対価としての賃金の支払いが基本的な権利義務関係となります。すなわち、労働者側には労働義務、使用者側には賃金支払義務があります。これを権利としてみると、使用者には労務給付の請求権があり、労働者には賃金請求権があります。
 これらの基本的な権利義務に付随するもの(付随的義務)として、次のようなものがあると考えられています。
  
○ 使用者の業務命令権
  ○ 使用者の人事権
  ○ 使用者の懲戒権
  ○ 使用者の配慮義務(安全配慮義務、解雇回避努力義務など)
  ○ 労働者の誠実義務(秘密保持義務、競業避止義務など)

 

 そして、「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれます。 したがって、この規定は、脳・心臓疾患による過労死の場合やうつ病などの精神障害による自殺の場合に、労災補償請求とは別に、労働者が使用者を相手に、民事上の損害賠償請求をするための根拠規定となり得ます。
 なお、この規定がまだ制定されていないときに、過労死や過労自殺の事案で使用者に対する安全配慮義務違反を認めて、損害賠償責任を認めたものもあります。
 

(過労死、過労自殺に関する裁判例) 


<過労死に関する裁判例>
システムコンサルタント事件(最高裁平成12年10月13日第二小法廷決定)
 会社は、「D(過労死した労働者)との間の雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。」
 したがって、「使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。」
 「被告は、Dが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和58年ころからは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。」「そうであるとすれば、被告は、使用者として、Dの高血圧をさらに増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。」「しかるに、被告は、Dの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえって、前記認定のとおり、Dを、昭和62年には年間労働時間が3500時間を超える恒常的な過重業務に就かせ」ており、「Dに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。」
 「その結果、前記のとおり、Dの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、被告は、前記安全配慮義務に違反したものであるというべきであり、これにより発生した損害について、民法415条に基づき損害賠償責任を免れない。」

<過労自殺に関する裁判例>
電通事件(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)
 「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
 「A(過労自殺した労働者)が業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、C(Aの上司)は、同年7月ころには、Aの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。それにもかかわらず、B(Cの上司)及びCは、同年3月ころに、Bの指摘を受けたCが、Aに対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、かえって、同年7月以降は、Aの業務の負担は従前よりも増加することとなった。その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態になり、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し、同月27日、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺するに至ったというのである。」
 「Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失がある」と判断し、会社の損害賠償責任を認めています。
 

 

(労働契約法第5条の「必要な配慮」) 

 

労働契約法第5条の「必要な配慮」とは、使用者に特定の措置を求めているわけではなく、一律に定まるものではありません。その労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて、必要な配慮をすることが求められています。 


(使用者の責任の範囲) 

 

労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)をはじめとする労働安全衛生関係法令には、事業主の講ずべき具体的な措置が規定されており、これらは当然に遵守されなければなりません。
したがって、安全配慮義務が求める「必要な配慮」は、労働安全衛生法などの労働安全衛生関係法令を守るということだけでなく、より広範囲の「必要な配慮」が必要となります。
 

 

<最近社会問題化されている職場のハラスメントにおける安全配慮義務> 

 

職場におけるいじめ、嫌がらせの多くは、会社が組織的に行なうものよりも特定の個人・集団が就労中や終業後等になされるものといえ、ただちに会社側の安全配慮義務違反が成立するか疑問がない訳ではありません。 

 

<誠昇会北本共済病院事件さいたま地判平成16924 

 

「被告は……安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解される。具体的には、職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、Aの生命及び身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められる。」 

そのうえで、その職場のいじめは3年近くに及んでいることや、職員旅行・外来会議においていじめがあったことを雇い主も認識が可能であったとし、結論として安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認容しました。 

 

ここでも予見可能性が問題となりますが、この事案のように長期間に及ぶ職場内でのいじめ等は使用者側の認識可能性が認められやすいといえます。 

 

(企業がとるべきトラブルの防止策) 

 

以上のとおり、会社に対する安全配慮義務の内容は年々、拡大の一途を辿っています。 

このようななか、会社側のトラブル防止策としては、何よりも従業員の生命・健康への配慮を怠ることのないよう、安全衛生対策のさらなる徹底が有効です。 

 

労働安全衛生法が義務づける安全・衛生基準の遵守はもちろん、定期健診や過重労働者を対象とした産業医面談の確実な実施と事後措置の徹底、さらにハラスメントヘルプライン等の相談体制の確立が強く求められるところです。 

 

職場環境が大きく変化し、生産性・効率性が強く求められ個の分断化が進む今日、職場の問題を話せる人がいることは大きな力となります。 

職場の人間関係について何でも相談できる社内外の相談窓口を確立し、適正な対応を繰り返すことは、職場ルールの浸透はもとより、いやなことには‟NO“と言いやすい職場風土、気軽に話せる職場環境の醸成につながります。

 

ハラスメントの防止については

「職場のハラスメント防止義務」

を参照してください