《 社会的責任から見た企業の評価 》

=グローバル・スタンダード化の動き= 

 

 

1.大競争時代におけるボーダーレス化とグローバル・スタンダードの動き

 

 (1) 世界経済の大競争時代の到来

 

    冷戦構造の終結 

 

世界経済は、冷戦終結を機に、社会主義諸国が資本主義経済に移行し始め、世界市場が一気に拡大し、大競争時代に突入した。

 

機を同じくして、新興工業国が台頭し始め、これまでは欧米や日本が乞う付加価値、高品質の商品を生産し、アジア諸国は低品質の製品を低コストで生産するという「棲み分け体制」ができていたが、今日ではアジア諸国も高品質の在来製品やハイテク製品を低コストで生産し、これを競合の戦略として世界市場に参加している。 

 

②アジア経済の発展 

 

韓国、台湾、香港、タイ、マレーシア、シンガポール等の国々では在来製品にとどまらず、ハイテク製品についても高品質の製品や部品を生産し、かつて日本が米国を追い上げたように、在来製品のみならず、ハイテク製品でも次々と日本を追い上げてきている。 

 

③EU統合によるヨーロッパ市場の拡大 

 

ヨーロッパの主要国はヨーロッパ連合(EU)の成立により政治的、経済的な統合に踏み出した。さらに、1999年1月からのヨーロッパ統一通貨の成立により、ヨーロッパ市場は一気に市場力を高め、アメリカ市場や世界基軸通貨としてのドルに対抗しうる勢力となりつつある。 

 

反面、日本市場や円通貨は一層魅力を失いつつあり、ローカル通貨に転落しつつある。

 

さらに、日本では1980年代の後半から始まった円高や従来の強い規制に起因するインフラストラクチャーの高コスト体質からの脱却が遅々として進まず、製造業の大企業は続々と海外生産拠点を拡大・強化し、また海外からの部品調達を拡大している。

 

いまや、「世界最適生産」および「世界最適調達」がメーカーの基本方針となっている。 

 

(2) 第3次産業革命に匹敵する情報通信革命の進展 

 

インターネットなどの情報ネットワークが拡大し、大企業や政府機関ばかりでなく、中小企業、さらに個人も、住居地域に関わらず、情報を低コストで収集し、発信することができるようになってきた。ことに、個人でも、世界に向けて低コストで手軽に情報を発信できるようになってきた。

この点が革命的である。 

 

インターネットやイントラネットの構築とデータベースの共有化により事業部門や企業の枠を超えた提携・協働も拡大しつつある。ベンチャー企業だけではなく、大企業もネットワーク上で提携し、新規ビジネスに乗り出す例が増大している。各社の事業部門の得意技を結び付ける「ネットワーク・カンパニー」の誕生である。

 

実際の企業提携に比べ業務上のコストが大幅に安くなり、ネットワークを通じて自由じざいに販路を拡大できるという利点もある。 

 

また、旧来の法律が定める会社形態や発注者、元受け、下請という関係にとらわれず、低コストで有能な人材を発掘できる。技術力、企画力などで真に実力のある企業なら、規模は小さくとも世界の一流企業と互角にビジネスをすることができるようになった。 

 

ネットワーク型経営は、地域限定型のフェイス・ツー・フェイスによるコミュニケーションを基盤とするネットワークから、情報通信技術を利用し、空間の制約を越えるネットワークを利用した経営に拡大しつつあり、世界経済もネットワーク型経済に変貌しつつある。 

 

(3) 押し寄せるグローバル・スタンダードと国際基準 

 

①グローバル・スタンダード 

 

最近、グローバル・スタンダード(世界基準)とか、国際標準規格という言葉が頻繁に用いられている。

 

グローバル・スタンダードとは、「世界に通用する仕事やビジネスの仕方」である。

 

規制緩和、国際会計基準の導入、税制の改革、金融システムの改革、電子マネー・システム、E-コマースなど、さまざまな分野でグローバル・スタンダードあるいは世界の潮流に適応することが求められている。 

 

   国際標準規格 

 

「デファクト・スタンダード」(事実上の世界基準)という言葉がある。

 

デファクト・スタンダードは、ある企業の製品が圧倒的なシェアを占め、事実上、その製品の規格がその業界において国際標準規格として通用している場合を指している。

 

例えば、マイクロソフト社の「Windows98」は他のOSソフトを駆逐し、事実上の国際標準規格のような形になっている。 

 

国際標準規格は、特定の国際機関が中心となって国際的な討議を経て加盟各国の同意が整い、制定した規格である。「デジューレ・スタンダード」という。

 

例えば、スイスにある民間の国際標準化機構(International Organization for Standardization)が制定したISO規格がその典型である。

 

欧米諸国は、国家的戦略として自国に有利な標準規格を世界の標準規格にしようと懸命に取り組んでいる。(製品データ交換規格、文書表記の規格、電子商取引規格など)

 

これらは、漢字使用を前提としていないため、漢字中心使用の日本にとって不利な状況が生じている。 

 

国際標準規格に関しては、米国が膨大な国内市場の需要を背景にして、米国の国内市場で競争に勝った米国企業の製品規格がデファクト・スタンダードとなることが多かったが、現在では、11カ国で構成するユーロ圏が米国を上回る2億9千万人の人口と、米国に次ぐ世界第2位の域内生産を背景にして、欧州標準規格を世界標準規格にしようとして、攻勢を強めている

 

例えば、携帯電話の欧州標準規格である「GSM」は世界100カ国以上に普及し、デファクト・スタンダードになろうとしている。

 

E-コマース(EC)が世界的に普及し始めている。電子商取引については米国がリードしているが、電子商取引において電子データを交換するときに一定の国際標準規格が必要となる。ヨーロッパの「EDI」と米国のANSI X21がお互いに優位を得ようと競争してきたが、最近ではヨーロッパの標準規格が優勢となっている。 

 

また、光速商取引(CALS)を用い、グローバルな情報ネットワークを通じて世界の企業を相手にして、商品、価格、納期の点でベストの会社と取引をするという「世界最適調達」の方針を取り始めた。

 

CALSは、それぞれ固有の情報システムを持ち、「情報の島」として孤立していた企業や企業グループを結びつけるために、国際標準規格を用いて製品の設計、調達、生産、在庫、物流、顧客の製品使用、廃棄という製品のライフサイクルにおける全ての情報をコンピューターを使って支援する戦略的な情報インフラを構築しようというコンセプトである。

 

設計図だけではなく、工程管理、在庫、受発注、顧客、契約書、マニュアルなど全ての情報を電子化し、自社系列だけではなく、世界中の優良企業とのネットワークの構築を目指すものである。 

 

2.国際標準化機構(International Organization for Standardization)の動向 

 

経済がグローバル化し、多数の人々が国境を越えて取引するようになると、一定の標準的な規格に基づいて製品、材料、サービスが提供されることが必要になってくる。

 

規格・標準には「社内規格」、「国内規格」、「地域規格」、あるいは「国際規格」があり、「国際規格」が最高レベルに位置づけられる。 

 

ISO(ギリシャ語“isos”=「相等しい」より命名)は自主的な国際規格を制定する代表的な国際機関の一つである。ISOへの加盟は任意であるが、現在、ISOへの参加国は約120カ国であり、世界市場に参入するためには必須要件になっている。ISOには各国毎に代表的な1つだけの標準化機関が参加することができ、日本からは日本工業標準調査会が参加している。

 

ISOでは上述の情報関係の規格に限らず、多数の国際規格を作成しており、ISOで作成された国際規格(ISO規格)は1万件を越える。

 

最近、多くの企業が、品質管理や環境管理の経営システムの構築のための国際規格ISO9000ISO14000の認証得て、国際競争力を高めている。 

 

(1) ISO9000 

 

ISO9000シリーズは1987年に発行され、現在では世界で約100カ国で自国の規格として採用されている。

 

ISO9000では、次のようなプロセス(PlanDoCheckAct ProcessPDCAプロセスという)が回っていく。

 

①品質管理に関する経営者の方針決定 

②品質管理システムの構築 

③作業の実施と記録の保持 

④内部監査 

⑤是正予防措置(顧客からの苦情、製品・工程・品質管理システムにおける不適合の情報収集と是正) 

⑥マネッジメンと・レビュー(品質管理システムの現状や変更、改善の検討) 

そして①へサイクルを回す。

 

ISO9000の場合は、認証の取得をきっかけにして無駄な業務を見つけだしたり、BPR(経営のリエンジニアリング:企業を根本から変える業務革新)を実施し、製品やサービスの品質を向上するために、経営システムや経営、業務の改革を目指すことが重要である。 

 

(2) ISO14000 

 

製品や製造工程、サービスによる環境破壊を最小限に食い止めるために、1996年に国際標準規格化機構によってISO14000シリーズが環境マネジメントシステムおよび環境監査の標準化のために制定された。

 

この環境マネジメント規格は、製品の設計・生産から顧客の使用、製品の廃棄に至る製品のライフサイクルにおいて、環境へのダメージを最小限にする環境マネジメントを企業経営に組み込むことを求めている。

 

認証を取得した企業においては、いずれ傘下の企業にも認証を取らせ、グループを挙げて環境管理を企業経営のシステムに組み込むことを期待されます。

 

なお、ISO9000ISO14000の国際規格に基づく経営システムの統合についてもISOにおいて検討が行われている。 

 

地球環境の悪化に伴う環境管理の重要性が増大しているのみならず、資源の獲得をめぐる大競争も始まっている。アジア諸国や旧社会主義諸国の経済が発展し、人々の生活水準が向上してくると、当然の琴ながら石油、木材、鉱石、食糧等の需要が拡大してくる。

 

おそらく、今後数年間から数十年間の間に資源の調達が各企業にとっても国家にとっても窮めて重要な戦力的課題となるであろう。資源の豊富なところへの工場建設、資源調達のための戦略的同盟の締結、省資源型の製品設計、リサイクル・システムの早急な確立などの対応策が各企業にとっても、かた国家にとっても一層重要な戦略的課題になりつつある。 

 

さらに、環境ホルモン(外因性内分泌撹乱化学物質)の問題は人類のみならず、地球の全ての動物にとって種の保存に関わる重要な問題になってきている。環境ホルモン(主な環境ホルモン:ダイオキシン、PCBDDT、ビスフェノールA、ノニルフェノールなど)は食物連鎖を通じて濃縮されて動物の体内に取り込まれ、生殖機能に大きな悪影響を及ぼしている。

 

人間の場合は、食物だけではなく、空気、薬品や容器類からも取り込まれ、生殖機能に異常が発生することが分かってきた。ことに受精後6~8週間の時に環境ホルモンの働きをする化学物質に曝されると、生殖機能に決定的な悪影響を受け、後年、初めて異常に気づくというようなことが判明している。

 

植物への影響はまだ分かっていない。 

 

人事労務管理に関しては、ISO9000やISO14000は、直接的には「組織や従業員の業務分担、責任権限等の明確化」を求められ、さらにISO9000やISO14000の管理システムの構築・維持に関する今日言う訓練が必要となってくる。さらに、導入に伴って経営全体についても改革が必要となってくる。 

 

(3) 健康・安全に関する国際基準 

 

労働安全衛生についても各国、各分野で国際標準化の検討が進められている。

 

1996年9月にジュネーブで国際フォーラムが開催されたが、参加国の関係者の合意が得られなかった。

 

しかし、品質システム、環境管理に引き続いて、労働安全衛生の水準を民間主導で推進していこうとする意識が高まっている。 

 

海外では、英国においてBS8800という「労働安全衛生マネジメントシステムの指針」がある。欧州各国や米国もそれぞれ国内規定を検討したり、すでに公布している。

 

日本でも中央労働災害防止協会により「安全衛生管理システム」が開発され、1993年より企業への適用が進んでいる。 

 

労働安全衛生の管理に関しては、ILOISOが取り組んでいるが、それとは別に国際的コンソーシアムが結成され、OHSAS18001とその指針を述べたOHSAS1800219994月に作成され、経営管理の基本である(PlanDoCheckAct)モデルを採用し、経営管理のシステムの中に労働安全衛生マネジメントシステムを作り上げることを目指している。

 

ILOISOに対して労働安全衛生をマネジメントシステムとして構築することを希望しており、ISOでの検討が進んでいる。 

 

環境、健康、安全は不可分である。

 

国際化学工業界の「レシポンシブルケア」(Responsible Care)の原則では、、「化学工業は法を遵守すると共に、良き企業活動に不可欠なものとして、率先して健康、安全および環境を保護する責任を果すものである」ことを宣言し、品質、環境、安全の統合的なシステムを構築する具体的な活動に入っている。 

 

欧米の企業では既に健康・安全・環境を統合した部門を持ち、ISO9000ISO14000を導入すると同時に、これに労働安全衛生のシステムを加え、3者を統合した経営システムの構築に取り組んでいる。 

 

3.     ILOの国際労働基準や国連の人権条約 

 

周知のように、ILOでは早くから児童労働、強制労働、労働条件、賃金、安全衛生、結社の自由等について国際労働基準(International Labor Standards)を定め、国際条約や勧告、あるいは各国への助言という形で普及を図っている。国連もその重要な活動の一環として、人権問題を取り上げ、世界の人々の人権擁護に努力している。

 

Social Accountability 8000SA8000)は、このような人権擁護運動を民間レベルで、国際基準の制定により、市場の力あるいは消費者の力を背景に展開し、多国籍企業の行動を是正し、監視していこうとするものである。 

 

4.     SA8000 

 

アメリカやヨーロッパでは、ILOや国連の人権条約に基づき、労働条件、賃金、雇用差別、児童労働、強制労働、安全衛生、団結権などの側面における「企業の社会的説明責任」を、ISO14000ISO9000シリーズと同様な枠組みを持つ「Social Accountability 8000」という国際基準の確立と認証により、労働者の権利に関して国際的なミニマム・スタンダードをつくり、普及させようとする運動が、米国のCEP(経済優先度調査会)やCEPAA(CEP認証機関)を中心にして活発に行われている。 

 

CEPAAは欧米の多国籍企業、弁護士団体、人権擁護団体、コンサルタント会社、認証機関などが参加してSA8000を制定した。

 

労働搾取や差別的雇用状況、非民主的な労使関係などの状況下で作られた商品やサービスに対しては消費者も監視し、その様な商品・サービスの購入を差し控え、影響力を行使しようとする運動である。 

 

既にいくつかの多国籍企業がこの様な社会的責任を受け入れ、例えば、労働搾取による部品や原材料の購入あるいはその様な可能性のある地域出の生産を回避するという動きを示している。

 

また、このような企業の事例はインターネットに掲載され、消費者の目に触れるようになってきた。

 

多国籍企業が良好な企業イメージを維持することは、消費者を引き付けるために重要な要素であり、企業イメージを損ねないようにするために国際的な労働基準を遵守する方向に進んでいる。 

 

SA8000の認証取得の手順は、基本的には、ISO9000ISO14000と同じである。

 

①「SA8000基準」や「ガイダンス・ドキュメント」をCEPAAや公認の認証機関から入手し、仕組みを理解する。

 

②経営者が認証機関の方針を承認し、企業内責任者を決定する。

 

③購入先や進出先の国々のNGO、労働組合、人権団体、コンサルタントなどの助力を得ながら、納入業者や自社の工場における労働者の人権問題に関する問題点を確認する。

 

SA8000基準を遵守するための管理システムを構築する。

 

⑤管理システムの構築後、認証機関の仮監査を受ける。要件を十分に満たしていない場合は、認証機関が定期的な勧告をする。

 

⑥問題点を改善し、本監査を受ける。

 

SA8000の認証を取得後、認証機関による定期的な調査・監査を受け、管理システムを継続的に改善していく。 

 

欧米企業への製品や部品を輸出したり、提携する場合には、いずれSA8000の認証が必要になってこよう。日本企業の場合、認証の取得に際して最も問題になるのは、

 

○女性、外国人、中高年などに対する雇用差別(セクシュアル・ハラスメントを含む)

 

○いわゆるサービス残業(形を変えた労働搾取)

 

○労働組合結成に対する水面下の妨害など

 

いずれも問題解決異に時間を要するものであり、早期の取組みが必要である。

 

国際規格の制定により人事・賃金管理にも国際的な標準化が生じてこようとしている。 

 

5.     企業倫理を組み込んだ新しい経営システムの構築 

 

国際競争力を強化し、世界の消費者の満足を与え、グローバルな競争に勝ち残るためには、次のような日本型経営の特有のローカル・スタンダードは見直さなければならない。

 

○官庁に追随する経営。

 

○横並び主義。

 

バスに乗り遅れないが、先に出てリスクを取ることはしないということなかれ主義。

 

○不十分な情報公開と不透明な経営。

 

密室型の意思決定。典型的な例としては、談合、総会屋への利益供与。官僚との癒着。

 

○不十分な内部監査や外部監査

 

○責任・権利意識の弱さと株主主権、市民主権、消費者主権の弱さ。

不十分なポリティカル・ガバナンスとコーポレート・ガバナンス 

 

規制緩和、検察による不正追求、株主代表訴訟制度の強化、情報公開法の制定、市民オンブズマンの増加、消費者運動の拡大などにより状況は改善されつつあるが、グローバル・スタンダードからみると、まだまだ不十分である。 

 

日本企業にとって喫緊の課題は、日本型経営のマイナス面の改革であり、国際基準の導入による経営システムの構築はその改革のために有効である。 

 

6.     人権運動と企業イメージおよび企業経営 

 

SA8000の発起人として参加している企業のホームページを見ると、人権擁護を謳う文章が最初に出てくる。(例:Body ShopReebok社) 

 

労働者や世界市民の人権に配慮した経営は、企業イメージの向上という観点からも重要である。

 

ひいては企業の競争力の強化にもつながる。 

 

欧米企業では、最近、経済的・環境的・社会的付加価値あるいは業績の達成という「トリプル・ボトムライン」(Triple Bottom Lineを追求する動きが強まっている。

 

そうして、この3つの領域における付加価値・業績を報告書にまとめて株主やその他のステークホールダーに報告するという「企業の社会的責任報告」(Corporate Social Reportingが始まっており、また、このような報告書を比較評価して、企業のトリプル・ボトムラインを評価したり、順位をつけようとする動きが拡大している。このような評価で高い順位に格付けられることは、企業イメージや消費者へのアピール、優秀な人材の採用、従業員のモラールの向上という点でも重要な要因となっている。

 

 

 

労働者や世界市民の人権に配慮した経営は

 

企業が、お客さまや取引先から選ばれ、企業に使命を果す大きな力となるのです