《 人権文化の創造に向けての取組み 》

 (2005/7黒永記)

 

21世紀は人権の時代」といわれるように、今日、企業における人権への取組みは、企業評価の一つとしての社会責任を果たす上で重要な要素とされるに至った。

 東京ガスは、1979年、公正な採用選考について行政からの問いかけをきっかけに人権への取組みを開始し、1993年には人権啓発室(2001年コミュニケーション支援室と改称)を設立、社会が求めている「人権尊重」「人間尊重」の経営を展開し社会と共生していく企業文化の創造とともに東京ガスグループで働く一人ひとりが相互に信頼しあい持てる力を十分に発揮できる「誰もが元気の出る職場」づくりを推進してきた。

  

□公正な採用選考体制の確立

  

1979年、飯田橋職業安定所からの問い合わせにより、高校生の採用選考時の取扱について照会がなされ、これまで取り組んできた公正な採用選考体制を再確認することを求められた。これを契機の採用選考体制を見直し、募集要項・面接時の質問、採用時の提出書類などすべての手続きを再確認すると共に、統一応募用紙の取扱を徹底することとした。

 さらに、同和問題への理解を深め、事業の社会責任への自覚を職場の隅々に浸透させるため、「同和問題推進委員会」(委員長:人事担当取締役)を設立すると共に、啓発・研修の基本指針を明示し、同和問題の理解を中心にした全社的人権研修を開始した。

 1991年、「東京同和問題企業連絡会」(現在の「東京人権啓発企業連絡会」)に入会し、他企業との相互研鑽を行う中、社員の研修を充実、管理職研修をはじめとする階層別研修をスタートさせた。階層別研修は、6階層に1日研修を展開し、知識の習得だけではなく実際に起こっている事象を題材とする話し合い研修(参画型研修)に重点を置くものとした。

 

1985年、女性差別撤廃条約を批准したことにより雇用の分野での性による差別をなくすための法律「男女雇用機会均等法」が施行されたのを機に、就業規則の改定、性別採用数の廃止、性による区別をなくすための業務表現の変更(“営業マン”から“営業パーソン”へ)を実施すると共に、女性の職域拡大を図り、これまで女性が担務することのなかった営業職等への配置を実施した。

 1990年には、この10年間に培ってきた同和問題を基軸にすえながら広く人権問題に取り組んできた実績を踏まえ、出身をはじめ、性、障害、国籍、疾病・感染症、学歴、契約形態などの違いによる様々な差別の解消に向けた取組みを積極的に推し進めるべく、「同和問題推進委員会」を「人権啓発推進委員会」に名称変更した。こうして、職場の中における人権意識の高揚を図り、誰もがお互いを尊重し合い公平に扱われる職場環境を創造していくことこそ公正な採用選考を保障するものとの方針で新たな時代に踏み出した。

 東京ガスは、公正な採用選考を実現するために、採用基本方針として、1.応募者の能力・適正・意欲が当社の求める職務遂行に適合するか否かで採否を決定することによりあらゆる人に就職の機会均等を保障する、2.募集・採用から入社時の教育訓練、職場配置に至るまで、一貫して応募者の基本的人権を尊重し行う、3.採用担当者は、企業の社会責任を十分に自覚し、公正な採用選考を実現し、よって当社が真に求める人材の確保に貢献することを掲げている。

 1993年、人事部内に「人権啓発室」(後のコミュニケーション支援室)を開設し、職場の人権文化を創造することにより、公正な採用選考体制の確立を強力にサポートするとともに、採用された人材が高い信頼関係の下に東京ガスグループの成功に貢献できる職場環境づくり(元気の出る職場づくり)を推進することとなった。

 今日に至るまでには、それぞれの時代における社会的要請を踏まえながら、93年には大卒予定者の会社説明会における受付表の廃止、採用内定者からの身元保証書の提出要請を取りやめ、96年には募集条件から「色覚」の項目を削除、97年には統一応募用紙の改訂に応じて採用面接の手続きを全面的の見直す、98年には男女雇用機会均等法改正に先駆けすべての業務において性別による採用を中止し、さらに、採用窓口のオープン化、学校名不問の採用選考、職種別採用、エントリーシートの改善と自己PRの拡大、インターンシップ制の導入、経験者採用など、時代の流れにアンテナを張って、人権尊重の精神を実現し、真に必要な人材確保のため公正な採用選考体制の確立に向け取り組んでいる。

  

□エイズ問題への対応

  

1981年、アメリカにおいて血液凝固製剤によるエイズ問題が明らかにされ、1985年ごろから日本においても血友病患者の治療として使用された血液凝固製剤による薬害エイズの問題をきっかけに社会問題化された。

 当社は、この問題をいち早く自社の問題として取り上げ、社内研修による意識の高揚を図ると共に、92年、「エイズ問題啓発委員会」を立ち上げ、エイズへの正しい理解を全社員に周知すると共に、人権尊重の視点から感染者・患者への職場対応の方針と取り扱いを明確にし、対応マニュアルを作成・周知し、エイズ感染予防と、感染者・エイズ患者への基本的人権の保障と業務遂行への配慮・支援を約束している。

  

□障害者雇用の促進

  

わが国は、障害があっても普通の生活ができる社会をつくろうとの取り組み、“ノーマライゼーション”の考え方の下、障害者雇用促進法により企業に期待する採用割合を定めており、障害のある人の雇用な場を確保することも企業の社会責任として期待されている。1998年には、障害者雇用率が16%から18%へ改正(2018/4から2.2%に引き上げ)され、企業への期待もますます大きくなっている中、毎年人権研修において、障害者雇用の重要性と職場における具体的な取組みを紹介するなどその促進を図ってきた。2004年には、職場の理解と協力により、2.32%の雇用を実現、さらにグループの雇用率を実現するために特例子会社の設立を検討中である。

 

 □セクシュアル・ハラスメントの防止

 

女性の社会進出が進む中、男性中心の職場環境の中で女性は補助的な役割を期待されてきた女性が、高度経済成長による労働市場の拡大と高学歴化を背景に、積極的に社会進出し活躍するようになった。一方、このような変化に対応する意識の変革が追いつかず、男性と女性の意識のギャップが職場に様々なトラブルをも巻き起こすこととなり、特に性的言動を起因とするセクシュアル・ハラスメントの問題が社会問題化した。1992年、福岡地裁においてわが国のリーディングケースといわれる判決が出され、企業の使用者責任が問われることとなり、その後も引き続き多くの訴訟が提起されることとなった。

 1993年、女性社員の活性化を図るべく当社は、女性社員に対して働きやすさに関するアンケートを実施、その中でセクシュアル・ハラスメントの調査を実施し、現状把握を行うと共に、防止のための啓発活動を開始した。4割の女性がセクハラをみたり聞いたりしたことがあるとの調査結果を踏まえ、翌1994年、人権啓発ニュース『地球船』にセクシュアル・ハラスメントの特集を組み、正しい理解を取組みの重要性を周知すると共に人権啓発室に相談窓口を開設した。

 1996年、男女雇用機会均等法が改正(1999年施行)され、セクシュアル・ハラスメントの防止義務が企業に課されることになり、199931日社長名で防止に向けた方針および対策と発生時の対応について公示し、セクシュアル・ハラスメント防止委員会を設立、マニュアルを作成し、具体的な取組みを東京ガスで働く全労働者にパンフレットを配布するなど周知徹底を図るとともに、社内相談員を増員するなど相談窓口の拡充を図った。

 相談窓口への相談は、1994年開設後年間数件であったものが、1999年の社長公示と全員への周知により初年度は10件、翌年は18件、2001年には39件と大きくその数を増やし、2003年度は60件を越える状況にある。職場環境に関する関心の高まりとあいまって、気軽に相談できる職場風土がつくられてきた結果といえよう。

 相談の多くは自己解決に向け勇気を奮い起こし、また職制の支援を受けて解決するなど、相談してよかったとの思いを持っている。しかしまだまだ意識の改革が十分できずに、部下やグループ企業で働く人たちへのハラスメントも垣間見られ、継続した取組みが求められるのが現状である。

  

□コミュニケーション・サポートセンターを開設

  

20016月、人権尊重の職場づくりに最も重要なことは、職場における良質なコミュニケーションを促進することであるとの考えから、職場の名称を「人権啓発室」から「コミュニケーション支援室」へと改称し、さらに一生の人権への取り組みをパワーアップした。

 同7月には、「活力溢れる職場」の実現に向けて、職場の問題や人間関係について、社内で働く人の外部相談窓口として職場で起こるすべての問題を対象とする「コミュニケーション・サポートセンター」を開設した。

 従来、職場の問題や人間関係については、職場の上司や社内の相談窓口の「コミュニケーション支援室」が当たってきたが、それに加え、外部の専門カウンセラーにも電話相談できる体制を整え、問題の早期解決をめざすために同センターを開設したものだった。

 「職場の問題は職制を中心に解決する」ことを基本として、ツーウェイ・コミュニケーション等の浸透、マネジメント力強化などを積極的に推進してきたが、これらを補完・補強し、安心して業務に集中するための阻害要因を早期に解決する観点から「相談窓口機能の拡充」を図るものと位置づけられた。

  

□人権文化の創造

  

人権への取組みのきっかけとなった公正な採用選考と応募者の職業選択の自由を保障するためには、職場における人権意識と、誰もがそのアイデンティティを尊重され活き活きと働け、多様性が発揮される職場環境が求められ、そこに働く一人ひとりが自らの人権を大切にし、お互いの人権を尊重し合う人権の文化の創造が期待されている。

 1995年、当社は、他社にないユニークな人権研修を開始することとなった。それは、職場や家庭・地域社会で「ちょっと気になる事例」を持ち寄る参画型研修である。研修参加者は、提起された職場に実際に発生している事例を在台にして、その問題の本質とその背景を探り、もっと働きやすい職場、安心して暮らせる社会の創造への取り組みについて話し合い具体的な行動へのアイディアを職場に持ち帰るというものである。

 上司と部下、男性と女性、東京ガス社員と関係会社・協力会社の社員、契約形態の違い、年齢の違いや障害の有無、国籍や出身の違いなどにより、自分たちの身の回りに巻き起こる様々な人間関係を題材としたまさに私たち自身の人権問題をテーマに「自分たち自身の生き方・関わり方」を話し合い、参加者はその成果を持ち帰り自分たちの職場改善につなげてきている。

 1999年からは、経営戦略の中に人権啓発・研修を組み入れる取組みを廃止、2000年度スタートした中期経営戦略を完全達成し、21世紀に市場から支持され続ける柔軟で強靭な企業体質を構築するための基盤づくりとして『誰もが元気の出る職場』をテーマに新たな人権への取り組みを開始した。

  

□東京ガス人権啓発推進リーダーの養成

  

また、この年、職制の推薦を受けた「東京ガス人権啓発推進リーダー」の養成を開始し、部門の人権啓発・研修の推進を図った。すでに108名のリーダーが職場での推進役として活躍しており、自ら職場の中心として活躍すると共に職場の仲間からの相談相手としてもその力を発揮している。2005年度も第7期性23名がリーダー養成のための勉強中である。

 人権啓発推進リーダーは、職場のリーダーとして活躍する一方、職場管理者が参加する人権勉強会において演壇に立ち、身近な職場における問題をテーマとした「構成詩」を演じ、またパネルディスカッションを通じて人権文化の創造と「元気の出る職場づくり」の重要性を訴えかけてきている。

 関係会社からの要請を受け、第6期生、第7期生にはそれぞれ1人ずつ関係会社社員が参加、修了し、自社のコミュニケーション推進体制の確立に貢献している。

  

□国際社会の動向と企業評価への対応

  

国連は、194812月に「世界人権宣言」を採択して人権尊重の文化の創造に向けた様々な取組みをしており、国際人権規約など各種の条約の制定や宣言を出し、またILOも労働者の権利を守るための条約や宣言を定めている。これらの取組みは、法律に反映され、企業活動にも大きな影響を与え、その対応は企業の社会責任として明確に位置づけられるようになってきている。

 

1999年、国連は、国際的に事業展開する企業と「人権・労働・環境」に関する積極的な取組みをすることを約束するグローバル・コンパクトを締結することを申し出たのである。この契約により、社会責任を果たす姿勢を企業は国際社会に表明し、その取組みを国際社会が支持し、よって持続可能で包括的なグローバルな経済を実感できるとするのである。まさに企業がステークホルダーとの共生、すなわち“Win-Winの関係”を実現し、将来にわたって市場から支持され続ける取組みなのです。

 一方、OECDでも、多国籍企業の行動規範を打ち出し、人権を尊重する事業活動のあるべき姿を明示し、2000年には、ノルウェーの投資会社が当社に対して、「世界人権宣言に賛同することを表明しているか」と質問し、人権政策について確認してきたのを皮切りに、毎年のように様々な組織から人権の視点でのアンケートがなされてきている。

 これらの情報をもとに、労働環境への配慮、環境への取り組み、情報の公開と経営の透明性、女性の働きやすい環境整備、男女共同参画への積極的な取組み、障害者雇用の促進などの社会責任をどのように果たしているかを評価する新しい企業評価基準を職場に周知し、業務遂行の仲に反映してもらう取組みも重要度を増してきており、地域産業である東京ガスにおいても、株主の約30%が外国人投資家であることを踏まえてもその取組みの重要性が自覚される。

  

□人権関連情報の提供

  

1993年人権啓発室を開設し、人権研修の充実を図るとともに、人権関連情報の発信を充実させ、研修に参加できない人たちへの人権文化創造への取組み意識の高揚を図ってきた。

 1993年には、人権啓発ニュース「地球船」(タイトルを社員から公募)を発刊し、「憲法と人権」「国連と人権」「セクシュアル・ハラスメントとは何?」「人種差別撤廃条約」「人にやさしい職場環境を目指して」「東京ガスグループのリーダシップとパートナーシップのガイドライン」「私が『東京ガス』」など、時代に対応した情報の提供を行ってきた。

 2001年には、「人権&コミュニケーション・サポート」ホームページを開設、同和問題解決への取組みを始め、公正な採用選考、職場の問題を掘り下げる『構成詩』の紹介など、23テーマ82件の情報を提供し、『元気の出る職場』づくりを支援している。

  

□対外的人権啓発活動の展開

  

1998年、東京人権啓発企業連絡会の啓発委員に就任、会員各社および行政・教育委員会・民間団体などへの人権関連情報の提供と研修ノウハウ・教材の提供を通して、人権文化の創造を支援する活動を開始する。厚生労働省が開催する雇用主指導官研修や経済産業省の主催する人権講演会、各行政が主催する雇用主人権研修会、教育委員会が企画する学校の先生方の勉強会、運動団体が企画する人権講座などに講師として参加、東京ガスの人権への取組みを紹介し、企業のイメージを高めるとともに、意見交換する中からよりよい研修のあり方を探り社内研修へ反映するなど、常に新しい視点での人権への取組みを展開し、もっと働きやすい職場環境の創造を通して企業活動の成果へとつなげる取組みを続けている。

 

 《追記》

  

□ヒューマニゼーション研究所の設立

  

20087月、東京ガス退職を機に、「ヒューマニゼーション研究所」を立ち上げ、広く社会に「人権尊重の社会づくりの大切さを伝えるべく新たな取り組みを開始しました。

 東京ガスで培ってきた「元気の出る職場づくり」への取り組みや相談及びその解決への道筋づくりへのノウハウ等は、一朝一夕で培われたものではなく、多くの方々からの支援・協力、時には口角泡を飛ばしながらの激論の中から生まれたものであると感謝しています。こうして蓄積してきた情報を広く社会の皆様に発信することで、みなさまの職場が「元気の出る職場」へと変革するためのお役に立てればと考え、工夫を凝らしながらの研修・講演を継続しています。

 20183月、ヒューマニゼーション研究所設立から10年目を迎えたこの年、友人の協力を得て念願のホームページを開設することができ、より多くの人に人権への取り組みについて情報を提供できることとなりました。

 

 多くの人たちとの出会いに感謝し

これからも多くの人たちとの出会いを楽しみに

取り組んでいきたいと考えています