《 今後のCSRコミュニケーションのあり方 》

 

CSRコミュニケーションの強化に向けて 

 

1990年代後半から、ステークホルダーとのコミュニケーションを目的に、新しい企業報告は様々な形で行われてきました。初期は「環境コミュニケーション」が主流であり、これまで多くの企業が「環境報告書」を発行してきています。2000年前後から、社会的側面を含める「サステナビリティ報告書」や「CSR報告書」が広まってきました。

 

そして2006年現在、ある程度の環境・社会的インパクトを有する事業を営んでいる大手企業であれば、上記のような非財務報告を中心としたステークホルダー・コミュニケーションは必要不可欠になったといえるでしょう。

 

企業活動の透明性を高め、幅広いステークホルダーに対する説明責任を果たすことは、21世紀初頭の企業統治(コーポレート・ガバナンス)の基本であると言っても過言ではありません。

 

最近はグローバル企業のステークホルダーとの関係において、情報のやり取りの「コミュニケーション」に留まらず、ステークホルダーに自社の取り組みを説明し、それに対するフィードバックをもらい、自社の意思決定への参画を得る「エンゲージメント(関わり合い)」が国際的に重要視されています。 

 

1.効果的なステークホルダー・コミュニケーションのプロセス 

 

第一に、コミュニケーションが成立しているか否かを決めるのは、情報を発信する側というよりは、情報の受け手であるステークホルダーだということを認識する必要があります。

 

ターゲットとなるステークホルダーにとって意味のある情報(コミュニケーション内容)や、利用しやすい発信媒体・スタイル(コミュニケーション形態)が実現されて初めて効果的なコミュニケーションが成立したといえます。

 

このような基本的な認識を踏まえ、ステークホルダー・コミュニケーションを実施するにあたって特に留意したい点は二つあります。

 

一つ目は、「ターゲット・ステークホルダーとは誰か」の特定を行うことであり、二つ目は「そのターゲット・ステークホルダーはどのような情報ニーズを持っているか、あるいは自社に対してどんな期待を抱いているか」を検証することです。 

 

しかし、ターゲット・ステークホルダーは一つに絞りきれない場合が多いでしょう。

 

例えば、NGOなどの市民団体に加え、金融機関や社会的責任投資関連(SRI)の格付け機関などに対してもコミュニケーションを行っていきたいものです。さらには、従業員やお客様にも情報発信し、環境・社会への取り組みについてコミュニケーションを実現させたいものです。

 

このようなさまざまな目的が入り混じるなか、果たして一つのコミュニケーション形態ですべての用途をカバーすることができるのか、それとも何らかの住み分けや媒体の分業が必要なのかを、コミュニケーション・プロセスの入り口で検討する必要があるでしょう。

 

効果的なコミュニケーションを行うためには次のようなプロセスが必要とされます。 

 

  自社にとってのコミュニケーションの狙いや目的を明確にし、 

  ターゲット・ステークホルダーを選定し、 

  そのターゲット・ステークホルダーの情報ニーズや期待を検証し、 

  適切なコミュニケーション内容と媒体や形態を選定する。 

 

国際的に活動する企業にとって、ターゲット・ステークホルダーは全世界にまたがる可能性が高く、また多くのステークホルダーに対して継続的かつ大規模な影響が企業の活動によって及ぼされるため、戦略的なステークホルダー・コミュニケーションは非常に重要となります。

 

さらに、情報発信型のコミュニケーションに留まらず、企業の意思決定プロセスや共同プロジェクトなどにステークホルダーを参画させる「エンゲージメント」のスキルを磨くこともますます重要になると思われます。 

 

2.コミュニケーションとエンゲージメントとはどう異なるか 

 

コミュニケーションが成立するか否かは情報発信側が決めるのではなく、受け手=ステークホルダーの受け止め方によって決まるのです。

 

しかし、それでもコミュニケーションは、企業側が計画する一方通行の情報提供になりやすいものです。さらに、実際の効果測定を行うことは難しく、「コミュニケーションは実際にどこまでできたのか」について、確信が持てない場合が多くみられるでしょう。

 

そこで、コミュニケーションから一歩踏み込んだものとして、ステークホルダーに自社の取り組みを説明し、それに対するフィードバックをもらい、自社の意思決定のプロセスへの参画を得る一連の関わり合いを「エンゲージメント」と定義づけ、あえてコミュニケーションと区別してとらえます。 

 

多くの企業は、CSRの取り組みのなかで、ステークホルダー・エンゲージメントの重要性を強調しています。多くのグローバル企業はホームページ上にStakeholder Engagementという専用ページを設置し、「単なる情報伝達をしているのではなく、自社の決定プロセスへのステークホルダーの参画を重視している」というメッセージを発しているのです。 

 

3.コミュニケーション/エンゲージメント・ツールの活用 

 

非財務報告、すなわち環境やCSRコミュニケーションが本格的に議論され始めたのは1990年代後半以降であり、ステークホルダー・エンゲージメントにまで踏み込んだ議論は2000年以降に活発化してきました。

 

ここ78年の間に、様々な新しい手法、仕掛け、ツールが使われ始めていますが、そのなかで比較的広く用いられるコミュニケーション/エンゲージメントの標準的な手法について、以下に取り上げてみましょう。 

 

(1)  サステナビリティ/CSR/環境報告書 

 

いわゆる非財務報告であるサステナビリティ/CSR/環境報告書は、コミュニケーション/エンゲージメントへの第一歩です。企業の社会に対する責任として、財務の決算結果だけでなく、環境・社会活動の取り組みやパフォーマンスもきちんと開示すべきであるという認識は、すでに一般化しているといってよいでしょう。

 

しかし、ここでは実際にステークホルダーとのやり取りを促し、エンゲージメントを可能にするための報告の形態やスタイルに注目してみましょう。

 

この分野において草分け的存在として活動してきた英国のシンクタンク、サステナビリティ社は、大量の情報を盛り込み、受け手のターゲティングや読みやすさを軽視している報告スタイルを「絨毯爆撃」のような報告だと指摘している。「絨毯爆撃」されるステークホルダーは、ほとんどフィードバックのしようがなく、エンゲージメントへと発展しにくいと評価しています。

 

一方的な情報伝達を超え、エンゲージメントのきっかけとなる報告書をつくるには、何がキーとなるのでしょうか。 

 

  媒体の形態のカスタマイズ 

 

ターゲットとしたいステークホルダーに報告の内容に関心を持ってもらうことがコミュニケーション/エンゲージメントの出発点です。関心のないものに対して、あるいは絨毯爆撃の形式で大量の情報が羅列されている報告書に対して、反応を示すステークホルダーは皆無に近い。一つの報告媒体しか発行しない場合は、上記にもあるように、対象となるステークホルダーのターゲティングにこだわり、その情報ニーズと期待に応えることが読み手の関心を引き、フィードバックを獲得する最低条件となるでしょう。

 

さらに一歩進んで、ステークホルダー別に報告書の形態を変えることや、報告書以外の報告形態(ウェブなど)を有効活用することによって、より積極的なフィードバックが獲得できるでしょう。 

 

➁ デザイン、読みやすさなどユーザビリティの向上 

 

多くの報告書では、制作者の思いが前面に立ち、なるべく多くの情報を盛り込むことを第一においたデザインや文書レイアウトがみられます。しかし、結果的にエンゲージメントはもちろん、コミュニケーションすら成り立たない場合があるようです。

 

コミュニケーションの成立は受け手が決めるものであって、読みやすさなどといった報告書のユーザビリティを軽視した場合は、コミュニケーションはほとんど実現していないとみるべきでしょう。

 

報告書のデザインやビジュアル性、ページの構成などに関して工夫を凝らすことは、単なる美的なこだわりではなく、受け手の関心を引き、フィードバックを促すためにも非常に重要な要素なのです。 

 

  フィードバックメカニズムの工夫 

 

報告書に紙一枚のアンケートを挟み込み、これによってステークホルダーからのフィードバックを獲得しようと考えている企業は少なくありません。しかし、大半の企業では、このようなアンケートへの回答数は極めて少なく、常に担当者を悩ませているのです。

 

「仕掛けに魅力がなければ、受け手の反応もにぶい」とは、コミュニケーション/エンゲージメントの基本的な原則といってよいでしょう。

 

報告書から直接フィードバックを獲得したい場合は、その仕掛けの工夫がキーとなります。紙一枚の白黒アンケート用紙をデザイン性の優れたはがきに変えることや、回答する方のインセンティブを考慮した仕掛けを用意するなど、様々な工夫のやり方があります。

 

また、一歩踏み込んだエンゲージメントの仕掛けとして、多くの企業が実施し始めている「報告書を読む会」やステークホルダー・ダイアログも有効です。

 

サステナビリティ/CSR報告書に加え、工場や販売店などでのリーフレットの配布や、子供も理解できる漫画形式の情報媒体などでコミュニケーションを図るケース、そして双方向性の高いインターネットの活用によって、より効果的なコミュニケーションを実現しようとする企業も昨今増えています。何らかのコンテストを仕掛けることや、アイデアを募集することによって、エンゲージメントの深化を目指す場合もあるでしょう。

 

インターネットでは、ウェブ上に簡単なゲームやクイズを設けることによって、ステークホルダーからのインプットを獲得することができる。コミュニケーション/エンゲージメントの目的やターゲット・ステークホルダーに応じてこれらのツールの効果的な使い分けが求められるのです。 

 

2) ステークホルダー・ダイアログ 

 

ステークホルダーとの直接的な対話を実現する非常に有効な仕掛けが、ステークホルダー・ダイアログというものです。ここ数年の間に、日本の産業界においても急速にその実施は広まっています。

 

ステークホルダー・ダイアログには、様々な種類があります。 

 

  各界を代表するステークホルダーを招聘してのダイアログ 

 

ステークホルダー・エンゲージメントの一般的な形態として実施されるダイアログです。

 

例えば、NPO、金融機関、産業界、メディアなど、各界を代表する有識者を58人程度選定し、自社の経営層や実務の第一線の責任者との意見交換と対話の場を設定します。

 

この効果としては、主に二つ挙げられます。

 

一つ目は、外部のステークホルダーの期待が理解でき、社内外の認識のギャップを確認することができます。多くの場合、社外のステークホルダーは社内の参加メンバーよりも強い課題意識を持ち、より積極的な行動を企業に求めているのです。

 

二つ目は、社会における影響力の大きいステークホルダーとの強い関係づくりができる点です。 

 

  国際的な第一人者や専門家も含めたステークホルダーを招聘してのダイアログ 

 

国際的な課題を抱えることの多い鉱業界においては、国際的な第一人者や専門家を招聘し、今後の戦略やグローバルにおける様々なステークホルダーの期待について意見を交わすことは有効なアプローチです。 

 

  自社の直接的なステークホルダーを招聘してのダイアログ 

 

コミュニティの住民、取引先など直接的に事業と関わりのあるステークホルダーを招いてのダイアログを開催する場合もあります。

 

取引先に関しては、CSR・サステナビリティ関連の課題や、自社・自業界の戦略と今後の重点的な取り組みを理解してもらい、歩調をあわせるために、継続的なダイアログやワークショップを開催することも有力なアプローチでしょう。 

 

  タウン・ミーティング 

 

タウン・ミーティングとは、住民参加型の対話の場を指し、住民(場合によっては現地の先住民)との対話を通じて、互いの理解を深めることも重要な課題となります。 

 

  報告書を読む会 

 

日本で特に頻繁に開催されるのは、サステナビリティ/CSR報告書の読者を招いて意見交換を行う「報告書を読む会」です。これは、エンゲージメントの一種ですが、主たる目的は、報告内容や形態がステークホルダーの情報ニーズと期待に合致しているか、どの点でギャップがあるかを確認することにあります。 

 

3) 協働・共同プロジェクト 

 

ダイアログよりさらに踏み込んだ形でのステークホルダー・エンゲージメントは、国際機関、NGONPO、コミュニティの住民などとの協働や共同プロジェクトです。

 

一番身近な例は、周辺・近隣住民とそのコミュニティの課題について話し合い、ともに解決策を探るというアプローチです。

 

または、影響力と情報発信力の高いグローバルNGONPOと特定の分野や取り組みに関して協働することも、効果的なエンゲージメントへと発展する可能性もあります。

 

さらに、国連などの国際機関との協働も、環境・社会的インパクトの大きい企業として検討すべきエンゲージメントの一つでしょう。

 

例えば、国連が2000年に定めたミレニアム開発目標」への関与がその一つの具体例です。

 

8分野において、18の具体的な目標設定が行われており、これらに対しては、国家のみならず国際的に活動し、環境・社会インパクトの大きい企業の積極的な関与も期待されているのです。

 

自社・自業界にとって意味ある分野を選定し、国連およびグローバルNGONPOと積極的に協働することは、将来的なリスク軽減に寄与するだけでなく、ブランド力や企業価値の向上にもつながる可能性が高いのです。

 

 

国連のミレニアム開発目標(Millennium Development Goals 

 

20009月に国連によって表明された21世紀の社会開発における8つの目標。達成のため各国の行動が求められているほか、2005年にG7の議長国となっている英国は、ミレニアム目標への行動をG7/G8の主要テーマの一つに据えている。大手企業の主体的な関わりも要求されつつあります。 

 

<ミレニアム開発(MDGs)の8つの目標> 

 

1.  貧困と飢餓を撲滅する 

1990年から2015年までに、11ドル未満で生活する人々の割合を半減させる。 

○女性や若者を含め、完全かつ生産的な雇用とすべての人々のディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を達成する。 

1990年から2015年までに、飢餓に苦しむ人々の割合を半減させる。

 

2. 全ての子供に一次教育を提供する 

2015年までに、すべての子どもたちが、男女の区別なく、初等教育の全課程を修了できるようにする。

 

3. 性の平等を進め、女性に権限を与える 

できれば2005年までに初等・中等教育において、2015年までにすべての教育レベルで、男女格差を解消する。

 

4. 小児死亡率を低下させる 

1990年から2015年までに、5歳未満の幼児の死亡率を3分の2引き下げる。

 

5. 産婦の健康を促進する 

1990年から2015年までに、妊産婦の死亡率を4分の3引き下げる。 

2015年までに、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の完全普及を達成する。

 

6. HIV/AIDS、マラリアなどの病気への対策を行う 

2015年までに、HIV/エイズのまん延を阻止し、その後、減少させる。 

2010年までに、必要とするすべての人々は誰もがHIV/エイズの治療を受けられるようにする。 

2015年までに、マラリアその他の主要な疾病の発生を阻止し、その後、発生率を下げる。

 

7. 環境的な持続可能性を確保する 

持続可能な開発の原則を各国の政策やプログラムに反映させ、環境資源の喪失を阻止し、回復を図る。 

生物多様性の損失を抑え、2010年までに、損失率の大幅な引き下げを達成する。 

2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を持続可能な形で利用できない人々の割合を半減させる。 

2020年までに、最低1億人のスラム居住者の生活を大幅に改善する。

 

8. 開発のためのグローバル・パートナーシップを確立・推進する 

開放的で、ルールに基づいた、予測可能でかつ差別のない貿易および金融システムのさらなる構築を推進する。 

後発開発途上国の特別なニーズに取り組む

内陸開発途上国および小島嶼開発途上国の特別なニーズに取り組む。 

開発途上国の債務に包括的に取り組む。 

製薬会社との協力により、開発途上国で必須医薬品を安価に提供する。 

民間セクターとの協力により、情報通信技術をはじめとする先端技術の恩恵を広める。 

 

これまで様々な形のステークホルダー・エンゲージメントをみてきました。市民社会とのエンゲージメントにやや重きを置いてきましたが、金融におけるステークホルダーなどとのエンゲージメントも、社会的責任投資(SRI)が広まるなか、ますます重要となってきています。

 

IRの一環として、積極的に自社・自業界のCSR活動について、機関投資家に対する説明の場を設ける動きも広がりつつあります。

 

また、行政ステークホルダーとのエンゲージメントも、法規制の方向性に関する早期の情報収集と、その法規制への健全な働きかけの一環として重要となっています。従来のロビー活動では、どんな状況においても自社・自業界の主張を通すことが主たる目的でしたが、ここでいうエンゲージメントの場合は、ステークホルダーともに課題の本質を探り、解決策を探っていくためのパートナーシップの精神が重要でとなるでしょう。