2008.7.1

 《 ヒューマニゼーション研究所を立ち上げるにあたっての私の思い 》

   

定年退職を控え、これからの活躍の場を探している私にとって、これまで取り組んできたことをさらに深めて、多くの人たちの力となる取組みをし続けていきたい思いを強くしました。

 残念ながら、今の社会では、まだまだ「人権」の大切さを実感し、活躍の場を提供していただける機会はほとんど見られず、いまだ行く先を決めることができない状況でいたりします。その分、自分のこれまでの取組みを整理しなおし、チャレンジする機会をいただいているのかもしれません。

 これまでは、何とか「人権」の大切さを理解してもらおうと努力してきたのですが、これからは相手の思いをしっかり受け止め、その思いにどうより沿いながら「人権」を展開していくかを考えてみたいと思いました。

  

「人権」って何?

 

私が幸せに生きていくための権利、生存環境整備権、人と仲良く生きていくための権利、人間関係調整権、生きる勇気を実感できるための権利、自己存在保障権などなど、一つの言葉「人権」で括るのは難しそうです。

 もしかすると「私が存在していること」そのものなのかもしれません。

 

 “be”あるがまま相互存在保証権命(私)を花開かせる権利

 

 私を愛し、人を愛し、地球を愛し、すべての存在を愛することができたら、私はとても幸せではないでしょうか?

 

 愛する権利、愛される権利、愛を交わす権利

誰かに支えてもらう権利、誰かを支えてあげる権利

一緒に幸せを喜び合う権利

 

寂しさ、悲しみ、怒り、人はそれぞれ感じ方が違います。

 幸せは、これらの感情を乗り越えたときにも感じることがあります。

 幸せがずーっと続くと、幸せ感を感じなくなったりします。

 幸せに生きる権利って難しいですね。

  

やはり、幸せに生きていけない人のために「人権」があるのでしょうか。

 戦争のない平和な社会が当たり前であるようにしたいとすれば、それもおかしいですよね。

 平和な社会は、人々の努力によって造られ、守り続けられるとしたら、気持ちよく挨拶しあうことと同様に社会におけるお互いが守るべき大切なルール、それが「人権」。

  

文化が違い、環境が違い、立場が違う私たちに共通なルールで、何を守り、何を実現していくのでしょうか?

  

「幸せ」って?

 

あるがままではなく、人が人間として持っている能力を少しずつ高めていって、それを分け合いながら、よりよいものの実現に向かってその能力を発揮しあうこと、それが実現したことを共に喜び合うこと、社会参画権とでも表現したらよいのでしょうか。

 

こんな思いを「ヒューマニゼーション(人間味の復活を目指して)」という言葉で表現してみたいと考えています。