『私の人権研修への思い』 (2008.7.1記)

 ヒューマニゼーション研究所 黒永敬 

 

  私は、企業における人権啓発担当者として15年と6カ月、人権を企業のパワーとして活かす取り組みをしてきました。この間、多くの企業の担当者と口角沫を飛ばしながら議論をし、また、各地で開催される研究集会では差別の解消に向けて必死の思いで闘っている多くの方々の思いと取り組みについて学ばせていただいたこと私自身の成長の大きな糧となりました。

 

  これらの体験や学習をもとに、どのようにしたら企業で働く人たちに「人権」の大切さを感じ取ってもらえるか、その思いをどう伝えたら日常の生活の中で人権尊重の精神を具体的な行動へとつなげていくことができるのか、社会生活の中で「人間」としてお互いを大切にし、支えあいながら生きる力を育む人権研修の実現に向けて、私なりに工夫を凝らしてきました。

 

  今回、私の人権研修への思いを紹介させていただくことを機に、みなさまの腹蔵のないご意見をいただき、今後の研修につなげていければと考えています。  

 

□「学ぶ価値」を見出すことの大切さ□ 

 

  人が何かを学ぶとき、知識を与えられるだけという受け身の学習では、観念的、表面的な理解しかできず、本質的な理解にいたらないことが多いようです。

 

  特に、人権問題の研修に参加するほとんどの人が「差別は許してはいけないし、自分は差別しない」と考えています。中には「また人権研修か」とか「差別の実態を知るとかえって偏見を持ってしまう」と参加意欲をなくしたり、「また同じことの繰り返しか」と押しつけられ感から拒否反応を示す人さえいたりします。

 

  このような主催者側と参加者側の意識のギャップをなくすためには、人権研修が、一方的に講師から人権尊重の精神を押しつけられたり、人権問題を他者の問題として観念的に理解する場ではなく、参加者一人ひとりが自分の人権について考え、その思いを参加者相互に話し合う中から、自分自身にとって「人権尊重の精神を学ぶ価値」を見出せる場でなければなりません。 

 

□自らの感性を呼び覚ますことから□ 

 

  レイチェル・カーソンという海洋生物学者が次のように書いています。 

「子どもたちが出会う事実の一つひとつがやがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子を育む肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、その土壌を耕す時です」 

  美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知のものに触れた時の感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたび覚まされると、次はその対象となるものについてもっと良く知りたいと思うようになります。その様にして見つけ出した知識は、しっかりと身につきます。 

ただ、事実を「知る」ことだけでは十分でなく「思いを心で感じ取る」感性を磨くことが重要なのだということを言っているのだと思います。 

  既成の観念に押し潰されそうな私たち大人にとって、忘れかけている、あるいは「ガマン」し押し殺している感情や感性を呼び覚ますことの必要性を訴えているように感じます。

 

  私は、95年の階層別人権研修から自分にとっての人権の大切さを考え、自らの感性を呼び覚ますことを狙いとした、「職場や家庭・社会生活における『ちょっと気になる事例』研修」を企業内で開始しました。

 

  参加者から提供された「ちょっと気になる事例(背景と言動)」について、 

①問題となる言動は何か? 

②なぜ問題なのか? 

③言った側・言われた側の気持ちや思いはどうか? 

④どうしてその様なことが行われてしまったのか、その背景は何か? 

  (自分が体験したり見聞きした同様な事例を提供し合う) 

  (言動を引きおこしやすい背景やそこに潜んでいる考え方・価値観・意識・固定観念などを探り出す)

 ⑤自分だったらどのように考えるか? 

⑥私たちが望む働きやすい職場環境・人間関係はどのようなものか? 

  (もっと素晴らしい環境・人間関係を具体的にイメージする) 

⑦そのイメージを実現するために、自分なら、自分たちならどのように行動するか? 

 

を参加者同士で話し合う中で、自分自身の人間関係を見つめ直し、自分が実現したいものをしっかりと掴み取り、現状を変革することがどれだけ大きな力となるか、その実現への意欲を育むことにより、日常生活の中での行動へと結びつけていく取り組みです。

 

 この研修のポイントは、一人ひとりが自分らしく活き活きと幸せに生きていくことの大切さを自覚し、自らが大切に思うことを一つひとつ実現していく行動力へと自分自身の心をエンパワーしていくきっかけを提供することです。 

 

□自分自身の生き方を考える研修を□ 

 

  自分たちの日常生活の中で、出身や国籍の違い、立場や性の違い、年齢の違いや障害の有無など一人ひとりが持っている特徴で私たち自身が異なった取り扱いをしていたり、自分らしく行動することを制約したり、嫌なことを嫌だと言えなかったりしている現実がないのか、みんなで話し合う中、「自分自身にとって人権を尊重される」とはどういうことであるのか、「自分らしく幸せに生きる」ということはどういうことなのかを考えることから始めることが必要なのです。

 

  そして、世界にたった一人しかいない自分自身を大切に思い、人から大切にされたいと思う気持ち、自分らしく活き活きと幸せを感じながら生きていきたいという気持ちに気づくことを大事にしたいのです。

 

  この思いに気づき自分を大切にしようと思う気持ちが、他の人が「自分らしく生きる」機会すら与えられず、悲しみ、涙を流し、自分のアイデンティティを押し隠しながら歯を食いしばって生きていることの辛さを感じ取ることができ、その事に無関心のまま放っておけないとする力となるのだと思います。

 

  同和問題から学び、人権尊重の精神を理解することは、さまざまな人権に関わる問題を理解することにつながり、また、自分自身にとっての「人間の尊厳」とはなにかを考え、自分が抱える人と人との関わりの中に潜んでいる問題を自覚し解決しようとする力は、被差別部落の人たちや在日外国籍の人、障害を持って生活している人たちの思いに共感し、誰もがそれぞれの立場の中でアイデンティティを持って自分らしく生きることを支える力につながると考えています。

 

  さらなる機械化、合理化、効率化が求められ、リストラや構造改革が推し進められ、そして成果主義が強く求められる現在、ともすると人間性が片隅に追いやられ勝ちになる今こそ、「人間性」(人間として誇りを持てる生き方)の回復が必要な時であり、一人ひとりの「感応力」(お互いの思いを共感しあい、勇気を持って自分が信じることを行動に移せる力)が問われる時代なのです。

 

  私たち一人ひとりが「人間としての誇り」を持って人と関わるならば、お互いを大切にし、その存在を認め合い、一人ひとりがそれぞれの立場の中で持てる力を思う存分発揮できる職場や社会が創造できると信じています。 

 

□感応力を高める人権研修を実践するためには□ 

 

◇主観が働き出すきっかけを

 

   私たちは、常に、人間的な目で主観(物事を認識する働き)を大切にし、それにしっかり磨きをかけ、正しい主観を持って判断していくことが大切なのです。誰かに押しつけられるのではなく、「“私”が大切だと考えること」をまず自分一人からでも実践していこうとする意思と勇気を一人ひとりが自分自身の中に成長させるきっかけを人権研修で提供していきたいのです。 

 

◇疑ってみることの大切さ

 

   物事に取り組む前から、既に自分では分かっているとか、もう自分には打つ手がないと決めつけてかかる場合があります。このような思いは、一つの偏見と言ってもいいでしょう。

 

また、周りの事実を知らないために、独り善がりになってしまう場合もあります。あるいは、人の考えに聞く耳を持たないという人もいます。これも偏見のうちです。

 

  逆に、何でも人の言動に左右されてしまうという場合もあります。他人が良いと言うから良く見えたり、他人が悪いと言うから悪く見えてしまったりします。品物に高い値段が付いていると高級品に見えてしまうようなものです。こんな場合にはどうしても偏見を持ってしまいます。さらには、現実の問題と架空の問題を錯覚してしまう場合もあります。

 

  固定化された観念や、先入観をなくして物事に臨むこと、自分の持っている考えを疑ってみることも大事であることに気づいてもらえる研修内容としたいのです。 

 

◇『なぜ』と考える大切さ

 

   ある程度の知識が身に付いていると、そのことがかえって邪魔をして、目の前にある問題に対して、自然な対応ができなくなる場合があります。

 

また、既に持っている考え方に満足してしまっている者には、物事に対する取り組みが一生懸命になれない場合もあります。

 

  その意味から考えると、白紙の状態にある者には、物事の疑問点や問題点が明確に見出せることが多いようです。今もっている考え方や状況に「なぜ」「どうして」という疑問を素直に問いかけ、問題の本質を見抜く力を養う機会を提供したいのです。 

 

  ◇自発的に考える場の提供を

 

   一人ひとりの考えが自由に、しかも、個性が豊かに発揮される話し合いの場、目的をしっかり定め、参加者が安心して素直な思いを伝えあい、情報と思いが共有される場が提供されると、研修が受け身ではなく、自発的に参加し、目的に向かってみんなで努力することによって確かなものを自分たちでつくりあげようとする能動的な力へとつながっていくのではないでしょうか。

 

  一人でも多くの人が、自分を大切にし、自分らしく生きることの大切さに気づき、他の人たちのことにも思いをはせることのできる感応力を育み、勇気を持って行動することの素晴らしさを実感できるならば、ともに暮らす人たちに大きな勇気と幸福感をもたらすと信じて、人権研修を展開しています。 

 

『人』を尊重するということは 

その人の思いを受け取ることだと感じています!  

 

  以上、私の思いを述べさせていただきましたが、みなさんがお感じのことをお聞かせいただければ、今後のさらなる取り組みへの勇気と力となります。ぜひ、みなさんの思いをお聞かせください。

 

ヒューマニゼーション研究所 黒永敬 

 

 「元気の出る職場づくり」のアイディアについて情報を提供しています。