《 同和問題の解決のために 》
―明るい社会をめざしてー
注:同和問題研修モデルは、東京都作成の『明るい社会をめざしてー同和問題の解決のために』を参考に
企業内人権啓発の視点を付加して作成しました。
Ⅰ.同和問題研修のねらい
①同和問題への正しい理解を深め差別を見抜く力を養う
○差別の実態から学ぶ
○部落差別は人間の一生を台無しにしてしまうことを知る
○国の同和問題解決に向けた取組を知る
○部落解放運動の求めているものを知る
○企業の社会的責任として求められているものを知る
・同和問題の解決は国民的課題である
・公正な採用選考体制の確立
○人権尊重のシステムの構築
・民主主義を支える機会均等のシステムの構築
・差別と区別の違い
○個々人の人権感覚が問われる生き方の問題
・人が人を差別してはならない
・違いによって相手の人格にまでレッテルを貼り、
優劣のレッテルを貼ってはならない
・人権知識の習得ではなく、人権感覚・意識を学ぶ
・心の中のバリアーからの解放と
コミュニケーションシステムの構築
・人権尊重は生きる勇気、生きている喜びを与える
②日常の生活の中で人権尊重の精神を活かす
○具体的事例から学ぶ
・人権尊重の社会の実現がもたらすものは何か
・私たちがなすべき事は何か
・一人一人は考え、みんなと話し合い、大切だと思うことを実行する
③部落差別の現実を利用する不当な申出(えせ同和行為)の徹底排除
○同和問題の解決を阻害し 同和地区の人たちへの予断と偏見を生む「えせ同和行為」は許せない差別的行為
・「えせ同和行為」を受け入れる行為に潜む差別意識
・「えせ同和行為」の徹底排除は同和問題解決への大きな力
Ⅱ.同和問題の理解
1.同和問題とはなに
同和問題(部落差別)とは、封建時代の身分制度や歴史的、社会的に形成された人々の意識に起因する差別(部落差別)が、大変残念なことですが、今もなおさまざまな形で日常生活の中に現れている、基本的人権の侵害に関わる重大な社会問題です。
人間は、自分の意思で生まれる所を選ぶことはできません。
にもかかわらず、民主化された今日でも、被差別部落(行政では同和地区と言う)の出身という理由だけで、就職や結婚などさまざまな差別を受け、基本的人権を侵害されている人々がいる現実があります。
今から53年も前になりますが、1965年、国は同和対策審議会答申に基づき、この問題の早急な解決は国の責務であり、同時に国民的課題であるとして、特別措置法に基づく問題解決に向けた財政的措置をはじめとする具体的な施策を展開するとともに、企業に対しても、同和問題への正しい理解と解決に向けた取組み、特に、公正な採用選考体制の確立を企業の社会的責任として強く求められています。
今日CSRが強く企業活動において求められていますが、その重要な取り組みの一つと言えます。
これらの取組みにより、実体的差別はかなり解消されてきていますが、心理的差別はいまだ根深く、1998年に発覚した身元調査事件をはじめ、就職や結婚における差別、生まれを理由とする脅迫事件や差別落書きなどがいまだに各地で相次いでいます。
これらの差別は、自分の努力や能力で克服できない理由で機会を奪われ不当に扱われる「幸せに生きようとする人の一生を台無しにしてしまう」許すことのできない行為なのです。
「差別」とは、大切な自分の人生を自由に選ぶ権利を奪うものなのです。
同和問題は、世界の人々がお互いの人権を大切にしていこうとする21世紀を迎えるにあたって、私たち一人ひとりが、そして社会に大きな影響を持つ企業が、その解消に向けて取り組むべき人権に関わる問題の一つなのです。
この解決への取組みは、あらゆる人たちにとって、民主的社会を支える機会均等の精神を浸透させ、誰もが大切にされ、与えられたチャンスの中で努力し、その存在をお互いに認め合える社会の実現につながるものなのです。
2.差別の実態
(1)就職に関わる差別
東京には、企業の本社が集中していることから、従業員を採用する際、応募者の人権に関わる問題がいまだに起きています。
1975年、全国の同和地区の新旧地名や戸数、職業等を記載した「部落地名総鑑」の存在が明らかになりました。こうした出版物は、同和地区住民の就職の機会均等に影響を及ぼし、さらには、さまざまな差別を助長する極めて悪質な差別図書であり、発行者はもとより購入企業の社会的責任は重大です。
判明した購入企業は、全国で200社を超え、東京でも約50社を数えました。
この事件の差別糾弾の中で、「部落地名総鑑」の購入の事実だけではなく、今なお残されていた新規大学卒業者の差別的社用紙の使用、身元調査の手引書、思想調査を狙った試験問題など、さまざまな差別選考の実態と企業の差別体質が明らかにされ、当時の労働大臣は、企業に対して再度、同和問題に対する理解と認識を深め、従業員の採用にあたっては、応募者の適性と能力に基づいて行う公正な採用選考体制を確立することを企業の社会的責任として求めました。
しかし、誠に残念なことに、「部落地名総鑑」事件から23年経った1998年の6月、大阪に本社がある調査会社が企業から依頼を受け、差別的身元調査を行っていた事実が明らかになりました。この行為は、企業の公正な採用選考体制の確立に向けたこれまでの取組みを通して築いてきた信頼を一瞬にして崩してしまう許されない行為であり、怒りを禁じ得ないとともに、一方、身近に潜む部落差別の現実が現れたものであり、改めて、公正な採用選考体制の確立と差別撤廃に向けた継続的・積極的な取組みの必要性を強く感じます。
企業は、「採用」にあたって応募者が努力して身に付けた能力と適正に応じて、自らの意思で自由に職業を選択できることを保障しなければならない社会的責任があることは当然のことであり、また、企業が、生活者や地域社会からの信頼と満足、地球的規模での信頼と満足を得て、将来に向けて発展して行くためには、公正な採用選考の下に、真に企業が必要とする人材を確保していくことが必要であることは誰でもが認識しているところです。
「人権の世紀」と言われる21世紀において、企業は、人間を大切にすることが企業にとって重要なことであるとの認識の下、そこで働いている人たちが、お互いの存在を尊重し合いながら、自分の持ち味を存分に発揮し、活き活きと働ける職場があり、そのような職場の中から企業の将来を託せる「真に必要な人材」の確保を望む企業自らの要請に基づき採用選考が行われて、初めて公正な採用選考の確立がなされたといえるのではないでしょうか。
すなわち、企業の人権意識、人権感覚が問われ、職場において働く仲間と大切なパートナーとして関わる企業文化・職場風土が問われているのです。
なお、法律が、1999年の職業安定法の改正により、差別につながる情報を集めることを禁止していることをコンプライアンスの視点でしっかり認識しておく必要があります。
(2)結婚に見られる差別
結婚は、本人同士が結婚し、ともに協力し合いながら生活したいという気持ちが、何よりも大切にされなければならず、憲法でも、婚姻は男女二人の合意によって成立し、お互いの協力によって維持されるものと、婚姻の自由を保障しています。
しかし、結婚に際して、相手の人格と関わりのない家柄や血統などを調査し、同和地区出身ということだけで、親や周囲の人から結婚を反対され、あるいは結婚をしてもその後に厳しい差別をされるという現実が今なお残っています。時には、このような差別によって若者の命を奪うといった悲しい事件も起こっています。
本人たちの愛情や人間性よりも、血筋、家柄、財産などを重視する考え方が、部落差別を温存しているのです。
社会に根強く残る予断や偏見、不合理などを見抜く眼を持ち、あやまった考え方や世間体に惑わされることなく、しっかりとした自己の確立と判断力を持ち、差別を許さない具体的な行動が取れる勇気を持つことが大切です。
また、勇気を持って立ち上がろうとする若者たちを支えられる職場の仲間、社会の一員であり、その勇気を支えられる社会を創造していくことが大切なのです。
(3)差別につながる調査
就職や結婚のときなどに、調査会社などを使って出身や家族の状況を調べる身元調査は、人権を侵害し、差別につながる恐れがあるものです。
このような例として、職務上認められている権限を悪用し、弁護士が戸籍謄本の請求書類を調査会社に渡したり、行政書士や社会保険労務士が取得した戸籍謄本を調査会社に送っていた事件もありました。
マンションの建設などに際して、差別につながりかねない地域調査を行った例もあります。
身元調査は、無責任な風評や予断、偏見といったものが入りやすく、真実が歪められて報告されることも少なくありません。
このような身元調査の結果に基づき採否を決めることは、基本的人権を保障した憲法の精神に反し、許されないことです。
採用選考は、その人の一生を左右する重大なものであり、応募者の適性・能力によって行われることが何よりも重要であり、このことが人権尊重の精神に沿うものなのです。
調査会社などによるこのような調査を依頼する人や企業などに問題があることはもちろんですが、近所の人や友人がこのような差別につながりかねない身元調査に協力しないことも大切なのです。
(4)差別落書き
今でも、大学や公共施設(駅構内・トイレ・電柱)などで、同和地区出身者に対する差別的な落書きや張り紙が見つかっています。
また、最近では、インターネットなどに差別的文章を掲載することなども増加しています。
これらの落書きや差別文書は、同和地区出身の人々を傷つけるばかりではなく、そのまま放置しておくと差別意識を拡大してしまう恐れがあります。
さらに、同和地地区出身者の自宅などに、差別脅迫はがきを郵送するという事件が発生しています。
人を傷つける差別落書きや差別文書は、決して許されるものではありませんし、そのような行為に対する責任を厳しく問われる、差別を許さない社会の創造が求められているのです。
(5)教育の機会均等に関わる差別
1980年の国勢調査を下に「同和地区の15歳以上の人の学歴構成」と全国平均を比較した結果、同和地区の人たちの学歴は、初等教育しか受けていない人の割合が64%と全国平均より23%も多く、一方、大学卒業者の割合は6%と全国平均より7%も少ないことが明らかになりました。その後の行政の取組によりその格差は相当縮まってきましたが、まだまだ十分な状況とは言えません。
同和地区の子どもたちは家庭が経済的に厳しい環境の中、「学びたい」と願いながら学業途中から働きに出なければならなかった人も少なくありませんでした。また、学校の中にも差別があり、同和地区の子が通学しにくい環境が残念なことに今でも残されています。
このような環境の中、同和地区の子どもたちは、将来への展望がもてず、学習意欲も奪われてきたのです。同和地区の人の教育歴は短く、なかには学校に行くこともできず、文字の読み書きができない親もいました。子どもに字の読み書きを教えることもできず本を読んだり、物語を聞かせることもできませんでした。そのために子どもが勉強に興味をもてないことによる悪循環も大きな要因でした。
企業にとって、誰もが学校教育の中で高めた能力を社会で発揮したいとする意欲を実現する機会を保障するために、公正な採用選考体制を確立することが求められているのです。その実現は、同和地区の子どもたちをはじめ、すべての子どもたちに、夢を実現しようとする意欲と勇気を与え、未来への展望を拓くものであり、企業の社会的責任として最も重要な役割を果たすのです。
国連は1989年に「子どもの権利条約」を採択し、子どもの基本的人権を、その生存、成長、発達の過程で特別な保護と援助を必要とすることを定め、経済的な搾取および有害な労働から保護される権利を認めています。ILOは、1999年児童の労働を禁止する条約(182号条約)を批准し、日本はそのいずれにも加盟しています。
3.同和問題を解決するためには
部落差別には、同和地区の人々を不当に軽蔑し、忌避・敬遠したい感情などから結婚を嫌がったり、交際を避けるような「心理的差別」と、同和地区の人の生活に見られる、教育が十分受けられなかったり、健康を害していたり、仕事が安定しなかったりする「実体的差別」があります。
私たちの心の中に潜んでいる心理的差別を無くすためには、学校教育や啓発活動で人権尊重の精神の浸透を図ることが必要であり、私たち一人ひとりが人権問題の一つである同和問題を解決する当事者であることをしっかり自覚しなければなりません。
差別意識をなくすためには、次のことを重視していきたいのです。
○人権の尊さ、逆に、差別がいかに非人間的で残酷なものであるのか、具体的な事実に基づいて正しく認識し、その差別が一人の人間の一生にどれだけ大きな影響を与えているかを知ることが大切です。
○差別をなくすためには、個人の心だけではなく、家庭生活、地域社会や職場での人の関わり方、生活のあり方などの行動様式についてお互いを大切にしようとする視点で見直してみることが大切です。
○自分のものの考え方、日常生活での価値観や慣習を、人権尊重という視点で見直すことが大切です。
CSR活動の中で重要な役割を担っているものに「人権」「労働」への取り組みがあります。
それは企業活動がグローバル化により地球規模に拡大し、その影響力は国の領域を越えるほど大きくなり、直接的・間接的にすべての地域社会に大きな影響を与えるまでになってきたのです。その中で人権と労働にかかわる責任を果たすことが地域社会の発展に欠くことができないものとして期待され、「世界人権宣言」の実現に向けての取り組みやISO26000など国際的ルールの構築が進んでいるのです。
公正な採用選考体制を確立するためにも、誰もが活き活きと働きやすい職場環境づくりに取り組むことが、企業の社会的責任を果たすとともに、優秀な人材を確保し、将来に向かって発展し続ける企業となるのです。
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