《 人権とCSR 》
(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)
1.はじめに
【企業の社会的責任(CSR)の3つの見方】
■CSRを労働者、コミュニティー(地域社会)、環境を尊重しながら倫理的な価値観に基づいて行う商行為との見方。
■CSRを企業のステークホルダーに対する責任とする見方。
・企業は得意先、サプライヤー、株主といったさまざまなステークホルダーと関係しており、各々のステークホルダーに対する責任のあり方を問う見方です。
・基本的には、個々の企業にとってのステークホルダーが誰で、そのあり方はどうあるべきなのかによって、CSRの内容は異なっています。
・多くの企業がこの立場を取っています。
■CSRを企業と社会との関係において、ある暗黙の社会契約があり、それにより企業と社会の両者に義務が発生し、企業が社会に対して責任を持ってその義務を履行する活動とする見方。
・両者がお互いに長期的な社会のニーズと望みを実現させ、商行為が社会に与えるポジティブな影響を最大化し、ネガティブな影響を最小限にとどめようと取り組みます。
【日本と欧米の見方の違い】
見方の理論的な基礎となっている社会契約に関する認識の違いが、日本と欧米、特に欧州におけるCSR活動の違いに大きく影響しています。
[日本のCSR活動] |
[欧州のCSR活動] |
①法律の遵守 ②質が良く環境にやさしい製品の提供 ③良いサービスの提供 ④サプライヤーや顧客との誠実な関係 ⑤利潤の確保 ⑥投資家への配当の確保 ⑦税の納入 ⑧情報の開示 ⑨説明責任 ⑩良い職場環境の整備 ⑪従業員のキャリアアップとその支援 ⑫社会貢献等
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①長い目で見た場合、自らの利になると判断された法的遵守の範囲を超えた法律の精神に則った企業の自発的な行為 ②本質的に「持続可能な開発」の概念に通じている行為 ③経済、社会そして環境に対する影響を考慮に入れて行なう企業活動 ④企業活動の核をなす部分にオプションとして付け足すような性質のものではなく、企業経営のあり方そのもの ⑤営業成績、倫理的基準、多様なステークホルダーのどれをも満足させるバランスの取れた活動
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■欧米におけるCSR活動には、具体的な行動以前に基本的な社会契約論的考え方が存在しており、日本と欧米とのCSRに関する理解に大きな違いを生じさせる要因となっています。
【2003年は「CSR元年」】
■2003年は日本でも欧米でも「CSR元年」と呼ばれ、企業の社会的責任が重要な問題として活発に議論されました。
・企業による社会的な貢献は今に始まったことではなく、古くから行われている行為なのです。
・なぜここに来て2003年が「CSR元年」なのか。
(日本では)
●CSR活動がより活発な運動になった年として理解されています。
(欧米では)
●人権や社会問題を対象としたCSR活動が活発になってきており、現在のNGOの動きや企業活動が1970年代の環境運動の始まりと非常に良く似ていると言う認識がその根底にあるようです。
・70年代の環境運動では、企業が市民運動やNGOの攻撃対象となっていた結果、徐々に環境に対する考え方を変えていきました。
・その結果、いまや環境への配慮は企業経営の不可欠な部分となり、また「環境ビジネス」という産業すら成立するまでにいたっています。
・こうした変革がCSRを通して「人権」やさまざまな社会問題に関しても起こるのではないか、企業がNGOや市民社会との対立を経験する中から、人権や社会問題を経営の大切な要素として認識するようになるのではないか、と考えられています。
・現実に、最近企業は、NGOや市民社会を含めステークホルダーをより広義に捉えるようになってきています。
●企業の社会的責任の基準に大きな変化が生じてきたのです。
・以前は、CSRを倫理的な相対的価値観に基づいた行動と考える見方が強かったが、ここ数年、CSRを社会と企業との社会契約に基づいた活動だと位置づけ、今までの相対的な基準から、各国が第2次世界大戦後同意した普遍的な国際諸条約に価値観の基準を置こうという討論が活発に行なわれるようになってきたのです。
・その普遍的な価値観の重要な一部として人権の問題が討論されるようになってきました。
・当初、CSRはボランタリーな性格であったものが、最近では法制化しようという動きすら出てきています。動きは特に欧州において積極的に取り組まれています。
・多くの企業がこの流れに敏感に反応し、そうした現実を受けてCSR元年という表現が使われるようになってきました。
●この普遍的価値観が、現在のCSRにおけるサプライ・チェーン・マネジメントの理論的背景にあるのです。
Q.なぜ、サプライ・チェーン・マネジメントがCSRにおける重要な要素となってきたのか。
Q.企業の社会的責任と不変的な価値としての人権とがなぜ結びつくのか。
2.普遍的基準が強調されるようになった要因
【CSR運動が、普遍的基準、特に人権と結びついた背景】
●持続可能な発展
●グローバル化、貧困と貧富の差の拡大、人間の安全保障、そして、NGOの活発な動き
●人間の顔をしたグローバル化と国連の動き
■持続可能な発展
●1972年 ローマ・クラブは、「成長の限界」報告書において経済成長中心の考え方に警鐘
●1988年 英国のシンクタンク、サスティナビリティー社の会長ジョン・エルキントンは、経済・環境・社会の調和が必要であるとして、「トリプル・ボトムライン」の考え方を提唱
この考え方をさらに進めた概念が「持続可能な発展」
●1983年 国連は、2000年以降の環境と発展のあり方を討論する「環境と開発に関する世界委員会」を設立
●1987年 「Our Common Future(我ら共有の未来)」は、経済成長中心のシステムから人間と自然が共生できるシステムへのパラダイム・シフトの必要性を強調
現存の自然環境と資源を次世代・次々世代に残していくという「持続可能な発展」の元年を提唱
その実現のためには、貧困問題の解決も重要と報告
例えば、環境面における「持続可能な発展」を実現しようとすると多種多様な社会問題に直面する。中国の二酸化炭素排出を低下させるためには、貧困層の人たちの炊事に使う薪を値段は高いがCO2排出の少ない近代的な燃料に置き換えることが必要となります。この一点を見ても、貧困と貧富の差の問題を解決しないと、「持続可能な発展」は実現できないのです。
●1992年 国連は、リオデジャネイロ国連環境開発会議にてリオ環境宣言を採択し、新しい発展のためにパラダイム・シフトを再度世界に強く呼びかけ
・発展は経済成長だけでは不十分
人間、環境、倫理、そして、社会との調和がない成長は、発展をむしろ阻害する
・「持続可能な発展」を実現するためには、政府だけでは不十分
政府の活動だけでは、発展を阻害する可能性がある
市民社会や企業と言ったあらゆるセクターをエンパワーし、その能力を培い、お互いにパートナーとして共にこの問題に対処していかなければならない
・「持続可能な発展」はすべての国々、すべての人々によって実施されなければならない活動
このように企業は、地球の「持続可能な発展」を実現するパートナーとして、重要な役割を担うようになったのです。
・環境問題だけではなく、人間、倫理、社会と調和したかたちでの経済成長に貢献することが要求されるようになりました。
・CSRにおいて先端を行く欧米企業が「持続可能な発展」を企業戦略の重要な項目の一つとしているのは、このためなのです。
・今後市民社会や多くの消費者がこのような考え方を持つようになった場合、地球の「持続可能な発展」に沿った企業のあり方こそが、企業そのものの「持続可能な発展」と同等の意味を持つようになると考えられています。
■グローバル化、貧困と貧富の差、人間の安全保障、そしてNGO
●1990年 世界銀行が貧困に関する報告
●1996年 国連開発計画(UNDP)が「経済成長と人間開発」出版
・グローバル化は貧富の差を拡大させ、更なる貧困を招いていると言う多くの指摘
・特に、アメリカは世界で一番金持ちだが一番貧困層が多い先進国であるとの指摘
米国経済の最盛期であった1999年でも、6人に1人の子どもが貧困に直面
26%の労働者が貧困ライン以下の賃金で生活
・グローバル化の恩恵に浴せない発展途上国においても、貧困や貧富の差の問題が「持続可能な発展」の実現に大きな障害となり、市場を中心とした世界秩序に対する大きな不安定要因
・グローバル化は、市場ルールをグローバルに適応し、貿易・投資・金融市場で規制を緩和することにより進展してきたが、結果として貧困や貧富の差を悪化
●1993年 グローバルな市場ルール構築を補完するものとして、個人が尊厳を持って生活できる最低限の条件をグローバルにルール化しようという「人間の安全保障(human security)」に関する討論が活発化
・従来の安全保障の概念は、国家の安全を守ることを中心に考えられてきたが、グローバル化の進展と共に国家中心の考え方が後退
・個々の人間を中心とした社会、経済、文化など、さまざまな側面から安全保障を考え、国や組織レベルに関係なく、個人として生きるうえでの最低限の条件をグローバルに実現しようと言う討論が活発化
・その最低限条件として基本となるのが一人ひとりの人権の保障
このような動きを受けて、人権侵害に対するNGOの動きが活発化
●1995年頃人権NGOが多国籍企業の行動をあいついで非難し、市民社会活動を活発化
・児童労働等の対象となった企業の製品の不買運動にも発展
【人間の顔をしたグローバル化と国連の動き】
●1999年 国連開発計画(UNDP)は、「持続可能な開発」や「人間の安全保障」の実現に向けての取組みや活発なNGOの動きを受けて、「人間の顔をしたグローバル化」という報告書を発表
・市場原理を維持しながら「人間の安全保障」の問題をも解決するには、人間的側面を伴ったグローバル化が必要
【戦後蓄積されてきた国際条約の普遍的な価値観をベースにした国際的な動きの登場】
●1999年 国連アナン事務総長は、グローバル・コンパクトというプログラムを発表
・グローバル化の中での企業の人間的な側面がCSR活動に象徴されると判断
・「国連人権宣言」(1948)、国際労働機関(ILO)の「労働の基本的原則・権利宣言」(1998)、「国連環境開発会議リオ宣言」(1992)を人類共有の普遍的な原則として、企業に人権、労働基準、環境保護の実現とそれに向けた活動への支援を要請
・グローバル・コンパクトは、基本的には、企業は社会のためにあり、社会へのネガティブな影響をミニマムにし、ポジティブな影響をマキシムにしなければならないと言う社会契約論の概念に基づき、
▽人間の尊厳が守られる最低限の人権が約束され、
▽安全に働け、
▽健康と生活を維持していける賃金が保障され、
▽最低限の労働基準が満たされ、
▽温暖化や環境汚染、野生生物の保護と言った環境保護への最低限の取組みがなされる
ようにするのが企業の社会的責任であると主張
・このような動きと、以前からのNGOの動きが相重なり、欧米ではCSR活動が、人権、労働、社会問題へと活動範囲を拡大していった。
【普遍】:すべてのものに共通に存在すること
【CSR活動はステークホルダー・マネジメント】
【ステークホルダー】:自社の活動が影響を与える可能性のあるすべての人々
●欧米企業は、前述の動きを受けて、ステークホルダーを非常に広義に捉え、NGO、消費者、コミュニティのように、自社の活動が影響を与える可能性のあるすべての人々・グループを範疇に入れ、CSR活動を展開
・企業は、活動のフォーカスが人権や社会問題へと拡大すればするほど、より広義なステークホルダーを考えて行動しなければならなくなっています。
・企業は普遍的な価値観の元でグローバルに考え行動するビジネス・シティズンでなければならないとの考えも出てきました。
【CSR文化の創造】
●市場がCSRを支持する方向に動くのであるならば、早くから社内にCSR文化を培うという時間のかかる作業に着手してきた企業が、市場競争においてより優位に立つことができると、欧米の先駆的企業は見ているのです。
【NGOの活動と企業】
●1995年以降のNGOと企業の対立をきっかけとして、企業自身が「持続可能な発展」に貢献する重要なファクターとしてCSR活動を認識するようになってきています。
・CSRは、今まで企業が重要視してこなかった人権という領域を突如として浮かび上がらせました。
・それにともない、NGOや社会的責任投資を強調するアセット・マネジメント会社(資産運用会社)等も企業に対して人権を含めたCSR活動を強く要求するようになって来たのです。
●2003年 国連は、国連人権委員会において、人権や労働問題に関する基準を設定し、多国籍企業に国連へ報告する義務を負わせています。
・問題がある場合には、企業の行動をモニターしチェックする権限を国連が有するべきであるとの議論がなさる中、従来のNGOと企業の対立という構図に加え、社会的責任投資を強調するアセット・マネジメント会社と多国籍企業との対立という構図へと変化してきたのです。
【発展途上国における企業のCSR】
●抑圧的な政治が行なわれている発展途上国においても、普遍的な価値を基準として行動し、企業の影響できる範囲においてまわりのアクターに影響を及ぼしていく義務があるとの議論が起っています。
・「国連人権宣言」、「労働の基本的原則・権利宣言」、「国連環境開発会議リオ宣言」の国際的同意は国際法とみなすことができます。
・そのため、これらの国際法に反する行動に直接、あるいは間接的に加担したり、国際法違反を知りながら黙視することは、法律上共犯者とみなされるのです。
・企業や個人には「影響を及ぼしうる範囲内の出来事」において社会的責任があるのです。
・他の者が実施しない義務を履行能力のある個人や企業が変わりに果たす責任があるとされているのです。
例えば、発展途上国政府が福祉を行なえない場合に、誰が責任を持つべきかというと、児童労働による製品の取引を忌避するとともに、子供たちに教育を受ける機会を提供し、将来的に高度な産業活動に参画できる可能性を支援するなど、実施しうる範囲内において、個人、社会、企業にその義務が生じてくるのです。
先進国ではある一定レベルの義務が政府により履行されているので、企業の責任は比較的軽いが、発展途上国での行動には、より重い責任を持つことになるのです。
・ヒューレット・パッカード社は、マレーシアにおいて反ブミプトラ政策を展開しています。
マレーシア政府は、1981年以来、民族間の経済格差をなくすためにマレー系国民を優先するブミプトラ政策を実施しています。HR社は、この政策を人種差別として反対し、コストが高くなるがそのような政策を実施している人材派遣会社を使わないとグローバル・コンパクトのホームページに掲載しています。
・3条約を国際法とみなすことは、人権侵害や環境汚染を助けたり、そうした事実を知っていながらそこから利益を得ることが、共犯とみなされる可能性があるのです。
・このような見方から、CSRにおけるサプライ・チェーン・マネジメントを実施しなければならないという行動原則が生まれたのです。
・アパルトヘイトを実施していた当時の南アフリカと取引をした企業は、不買運動によりその行為を非難されました。
ブミプトラ政策:ブミプトラ(マレー人およびその他の先住民)を優遇する政策
3.人権
【人権の定義と概念の発達】
●国連人権宣言(1948)には、「個人の尊厳、平等、人類全員に共通する基本的人権が世界の自由、正義、そして平和の礎となる」と書かれています。
・「人権」とは、個人が社会で生きていくのに必要な、普遍的、かつ、不可欠な個人の権利であるとしています。
・ノルウェー政府は、人権は「公的機関による独断的な職権の乱用から個人を守り、人間の尊厳、高潔、自由、安全、生命活動への完全な参加を確保し、個人間の関係を調和させ、平和、安全、社会的・経済的正義を実現するために必要な基本的規範」であると、定義しています。
「公的機関による」と書かれているのは、歴史的に見て政府と国民との関係において基本的人権が守られているかどうかが、これまでの争点だったためです。
【第3世代にまで発展してきた人権】
●第1世代が確保しようとした権利は、市民権と政治的自自由である。
・17世紀から18世紀の英国、フランス、米国において、個人の基本的人権と政治的自由を政府が保証することを人民が要求したことに端を発しています。
・この時代における基本的人権とは、
▽個人の生きる権利
▽拷問、非人道的な扱い、奴隷や奴隷的扱いからの自由
▽法律の遡及的適応からの自由
▽思想と宗教の自由
(英国)
・英国国会が、1688年の名誉革命に続く、1689年の権利章典において国王の権力を規制し、個人権利の保護と自由の保障を勝ち取りました。
・しかし、厳密には、国会が国王の権力を規制することに重点が置かれており、個人の権利をはっきり認めたのは1789年のフランス革命においてでした。
(フランス)
・フランス革命では、国民に主権があり、個人の自由が人間の基本的権利であるという、個人の自由の概念を中心とした権利が確立されたのです。
・自由とは、他人に危害を加えないすべての活動を意味し、政府は必要悪として存在すると考えられました。
(米国)
・合衆国憲法と1791年の権利章典によって
▽最低限の個人の権利
▽報道、宗教、表現、集会の自由
▽不当な捜索や逮捕、自由へのルール
▽正当な法的プロセスの権利
▽奴隷の禁止 が人権として保障されました。
・このような人権に対する考え方をベースに、
英国議会による奴隷売買完全廃止の決議(1800)
アンリー・デュナンによる赤十字の設立(1863)
ベルサイユ条約によるILOの設立(1919)
国際連盟による基本的人権を実現するための非当事国の軍事的介入の権利の制定
▽人間的労働環境の確保
▽女性や子どもの売買の禁止
▽原住民や植民地での人々の人間的扱い
▽人種や宗教による差別の廃止 を加盟国に課しました。
・同じ時期に、体制維持に脅威となる政治的、宗教的集団に対する弾圧が起こり、人権運動は政治や宗教集団のイデオロギーや信条に対する弾圧から個人を救済することに焦点が移ったのです。
●第2世代が確保しようとした権利は、平等の概念を基本とした、経済・社会・文化的権利である。
(第2次世界大戦後の人権問題)
・第2世界大戦後の人権問題は、個人の権利、政府との関係、そして政府や個人の義務が中心となりました。
・国際連合は、戦争終結前に数カ国において起きた大虐殺の経験を教訓として本格的に人権の問題に取り組むようになりました。
国連憲章の前文で基本的人権、個人の尊厳、男女平等の権利が謳われ、1948年に出された国連人権宣言においてその詳細が規定された。
1966年、国連で2つの契約が参加国により承認されました。
▽市民権と政治的自由に関する人権を実現するためのICCPR
International Covenant on Civil and Political Rights
▽平等の概念を基本に据えた経済、社会、文化的権利を人権として実現するためのICESCR
International Covenant on Economic Social and Cultural Rights
・この時点で国連に影響力を強く持つ欧米の考えが中心となり、第1世代の人権が問題の中心となりました。
ICCPRのもと国連内に人権委員会が設けられ、人権侵害に関する報告が絶えず行われた。
ICESCRは、社会主義を実現するためのシステムと考えられ、東西冷戦を背景にICESCRは特別な委員会を設置し社会保障の状況を監視することはなく、単に経済社会理事会に報告するだけの弱い存在でしかありませんでした。
(冷戦終結後)
・1980年代後半、東西冷戦が終結すると、ICESCRで取り扱われている人権第2世代の問題が旧西側圏でも大きく取り上げられるようになりました。
・第2世代の人権とは、
<経済的権利>
▽消費者活動ができる権利
▽物を選べる自由
▽仕事をする権利
▽雇用選択の自由
▽同等の仕事への性別、人種、年齢等による差別のない報酬への権利
▽適正な労働条件
▽労働組合の結成・交渉・ストライキの権利
<社会的・文化的権利>
▽社会保障や教育を受ける権利
▽文化的生活を送る権利
▽最低限の衣食住、医療、社会的サービス等を受け最低限の生活を送れる生活保障の権利
▽避けられない身体的、経済的・社会的理由による生活苦に対する最低生活の保障
・これらの権利は、基本的には社会主義運動が主張していた人権の項目であり、東西冷戦化の自由主義圏では、人権の項目としてよりも資本主義社会における社会保障として考えられていました。
●第3世代が確保しようとしている権利は、人々が集団的に決定し、権利の質を向上させる権利である。
・グローバル化が急速に進展し、人・金・物が国際的に流動的に移動するようになってきました。
・各国政府は、国内市場を内外企業にとってより魅力的な場所とするために、最先端のインフラ作り、研究開発、教育に予算を配分し、法人税をカットし、また、政府予算をバランス、あるいは、縮小させるために社会保障費をカットしました。
・小さな政府だけでは第1世代の市民権と政治の自由や第2世代の経済的権利と社会的・文化的権利の人権を実現することが困難であるという理解が浸透してきました。
・グローバル化のもと政府だけではなく、すべての個人や企業自身が人権を守る重要なアクターにならなければならないと認識されるようになってきたのです。
・このような認識が、1990年代の人間の安全保障や活発な人権NGOの運動へと発展していきました。
(第3世代の人権の主張)
・グローバルな市場体制の構築に伴い、個人を基本とした人間への安全保障のための国際的な体制の構築が叫ばれ、活発なNGOの動きと共に第3世代の人権、人々が集団的に決定し、権利の質を向上させる権利が主張され始めました。
・第3世代の人権とは、
▽国際平和と人間の安全保障の権利
▽天然資源への恒久的主権と環境への権利
▽開発の権利
▽少数民族の権利
▽これらの内容を決定する国際的合法的手段構築の権利
【1990年代の人権問題に関する動き】
●1990年代に入ると、貧困や貧富の差の問題も含めて人間の安全保障に関する討論が活発化
・第1世代の人権問題だけでなく、第2世代や第3世代の人権を実現するための国際的な動きへと発展していきました。
(米国)
・1789年に施行された「外国人不法行為訴訟法」が1991年の「拷問被害者防止法」の議会通過により重要性が再認識され、特に人権NGOがこれを活発に用いるようになりました。
この法律は、米国境外で米国市民及び企業が犯した人権侵害や不正行為を、外国人が米国の裁判所に訴える権利を保障した法律であり、基本的には第1世代の人権を保護するためのものでした。
・例えば、シェル社に対するナイジェリアのオゴニ事件では、シェル社が発表したナイジェリアへの投資案件が独立運動を起こしているオゴニ族に対するナイジェリア政府の弾圧行為に加担するものとされ、世界中から非難される結果となりました。国際的に活動する人権NGOは、この問題に対する追及の手をやめず、2000年には「外国人不法行為訴訟法」によってシェル社を米国で訴えました。
オゴニ事件とほぼ同時期に、シェル社は、石油採掘プラットホームを大西洋の深海に廃棄したとして、グリーンピースに攻撃され欧米で非買運動にあい、市場シェアの30%を失ったのです。
・ナイキ社のインドネシア、フィリピン、ベトナムにおける下請けの労働や人権問題は、第1世代の人権侵害と第2世代の適正な労働条件を扱った事件と考えられます。
・ナイキ社の事件をきっかけとして始まったCSRにおけるサプライ・チェーン・マネジメントの動きは、国際法的理解に基づいた「影響を与えられる範囲」において人権や労働基準を取引相手の企業に守らせるため国際的なシステムを構築しようとする、第3世代の人権の概念に基づいた運動と言えまする。
・1999年にグローバル・ウイットネスと言うNGOが、ボツワナ、ナンビア、アンゴラ、コンゴ、シエレレオーネにおいて、ダイアモンドの採掘からの収入が開発のために使われるのではなく、賄賂や戦費として使われ、これらのアフリカ諸国を経済的破滅に追いやったり、また奴隷的労働を強制したりして貧困を作り出していると国連に訴えられました。その結果、国連とNGOが協力して、キンバリー・プロセスと呼ばれる世界で戦争に使われていないダイアモンドを認証するシステムを構築するに至ったのです。これは国連、NGO,企業、消費者がパートナーシップを組み、平和の構築に貢献しようとする動きでした。
・フィリピンのミンダナオ島におけるイスラム系住民グループによるゲリラ活動は、彼らの貧困が原因であるとして、米国国際開発庁が企業の社会的貢献として米国系多国籍企業の投資や現地企業の育成を援助しています。
(腐敗防止)
・1997年には経済協力開発機構(OECD)が「腐敗防止条約」をメンバー国で結び、腐敗への対処を促しました。
(多国籍企業のCSR活動)
・原材料を現地企業から購入し、製造工程における検査を徹底し、他国で操業している工場と同等に高品質な製品を生産しています。
・未開発地域において、雇用の確保、インフラの整備、プロジェクトの経済的利益をコミュニティに還元することにより地域の経済的・社会的ニーズを充足させ、市民との直接対話によりコミュニティとよりよい関係を維持しています。
・グローバル化のもと企業は、世界の動きを把握しつつ、現地の情報をできる限り取得し、状況を分析し、あたらしい動きである人権の問題に対しても戦略を構築できる能力が必要となってきています。
・現地の動き、また、ブランドの評価や価値を落とすような動きに対処できるだけの能力が必要となっています。
(人権問題への対処能力が企業存続の要)
・いまや人権の問題に対処する能力と戦略が企業存続の要の一つとなってきており、その基本になるのがオープンな対話のもと、倫理的で、説明の可能な社会的責任を取れる企業の行動なのです。
(重要な企業戦略としての「持続的発展」への貢献)
・長期にわたる企業活動においても、また、社会的貢献においても、責任ある進歩的な価値を創造する企業として自社を位置づける
・経済、社会、環境保護への貢献をバランスさせる企業活動(「トリプル・ボトムライン」)を企業目的の不可分な一部と理解している
・人権、労働、コミュニティ関係、サプライヤー・顧客との関係等に関して、社会的・文化的に重要と思われる情報をシステマティックに収集し、その対処方法を検討し、企業経営のあり方に反映させるかたちで活動する
・健全で透明度の高い企業ガバナンスが、価値創造、パフォーマンス、信頼、倫理、そして、持続可能な企業活動を可能にしている。
(企業の社会的責任)
・企業の社会的責任とは、株主や他のステークホルダー、また、同社及び同社のグループ企業が操業しているコミュニティに住む人たちへの継続的な価値の創造を目的とし、企業の活動による社会的影響を鑑みると同時に、リスクを取りつつビジネス・チャンスを生かし、価値創造のための経営を行なうことである。
・企業に貢献しているすべての個人や組織は、その企業にとって等しく重要であり、また、各々が企業資産の形成に貢献し、同等の権利と義務を有するというステークホルダー理論に基づいている。
・人権とは、全人類に与えられた基本的な権利で、そのため弱者には特別な権利を与えて立場を強化することができ、企業はその過程で貢献できる領域がある。
・CSR活動は、企業に対する信頼、評判、及びイメージを向上させ、消費者の抗議やボイコットにあう危険性を低め、リスク・マネジメントン強化につながると共に、優秀な従業員を獲得することを可能にし、従業員の意欲を高め、企業内の対立を少なくし、生産性を高め、数々のステークホルダーとの長期にわたる良好な関係を維持することも可能にする。
(CSR文化)
・多国籍企業の同意においてCSRを経済的・技術的問題と等しく重要視することは、企業内のすべての部署やレベルにおいてCSR文化を創ることを可能にし、その文化が内外とのコミュニケーションを円滑にし、結果として、不測な出来事にも対処できるようになり、持続可能な企業となることができる。
・CSRを単に規範的でコスト増加の要因としてみるのではなく、企業活動における重要な戦略の一部で、しかも、社会と企業に取りウィン・ウィンの結果に導くものでなければならない。
(CSR活動は人権が中心)
・この2~3年のCSR活動で強調されるようになってきたのは、いまや日常業務の一環となった環境問題への対処ではなく、人権に関しての問題です。
・人権に関する問題は、技術的解決策が大きな部分を占めていた環境問題とは違い、非常に難解で複雑な要素が絡み合っている。そのため企業の道徳や倫理のベースにどのような価値観を置くのかが積年の課題であったが、2000年頃から企業にとっての行動基準となりうる大きな動きが出てきた。
・国際的に同意がなされている「国連人権宣言」、ILOの「労働の基本的原則・権利宣言」、「国連環境開発会議リオ宣言」を、人類共有の普遍的な価値として、グローバル市民としての個人の、かつ、法人としての企業の権利、および、義務として適用させようとする動きである。
・CSR活動を推進している国連のグローバル・コンパクトが、人権の擁護と尊重、人権侵害の阻止、組合結成の自由と団体交渉の権利、強制労働の排除、児童労働の廃止、雇用と職業に関する差別の廃止、環境問題の予防や責任、環境技術の開発、汚職防止、サプライ・チェーン・マネジメント等に関する原則を打ち立てた。
(NGOとの協力)
・NGOと契約を結び、彼らから人権に関する知識や、参加企業が活動する世界各国の人権状況に関して情報を取得している。
・コミュニティへの対応に関しては、現地のニーズを理解するために地元住民とオープンで前向きな対話を行い、従業員が直接コミュニティ活動に参加することにより社会的投資を行い、寄付や特定の支援も行なっている。
・従業員の独立と高潔さを保つために、ビジネスにおける金品の授受を禁止しただけにとどまらず、NGOとも協力関係を樹立し、汚職撲滅キャンペーンに積極的に参加している。
(公正な雇用)
・雇用は、プロフェッショナルな知識と技術、チーム精神、高潔さをベースに行なわれ、年齢、性別、宗教、人種等では差別しない。
・親会社の政策に即した、企業文化を創ることによりCSRを実現させようとしている。
・全従業員がCSRの責任者となることを意味し、CSRそのものの責任者はあえて置いていない。
・機能的には、トップ・マネジャーが安全とCSRのすべてに、マネジャーとスパーバイザーが特に安全に、ラボ・マネジャーが製品の質とISOに関して、そして、パーチェシング(購買実務)・マネジャーがサプライヤーに関して、一応責任者となっている。
(社内でのCSR)
・健康、環境、安全(HES)に関する厳しい独自の基準を設けて、装置は安全が確認されたものだけを選び、絶えず従業員の訓練を行い、テスト済みの操作方法や基準のみを採用している。
・手作業は、危険がないと認められる状況に限り許され、作業環境が安全であるように作業安全度分析を絶えず行なっている。
(汚職の防止)
・従業員および傘下のすべての企業の従業員が汚職に関わることを一切禁じている。
・汚職が発覚した従業員は退職させられ、また、接待費が必要以上に多い場合にも調査をすることがある。
・当事者が授受に関与した賄賂の額が小さい場合には再教育をこない、行動が改められるかどうかを見極める。
「持続可能な開発目標」(SDGs)
国連が2015年9月に、2030年に向けて新たに17の目標を設定
【日本の進捗度】■ ■ ■ ■ の順番に評価が低くなっています。
目標1:貧困をなくそう
あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ
目標2:飢餓をゼロに
飢餓に終止符を落ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、
持続可能な農業を推進する
目標3:すべての人に健康と福祉を
あらゆる年齢のすべての人の健康な生活を確保し、福祉を推進する
目標4:質の高い教育をみんなに
すべての人に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、霜害学習の機会を確保する
目標5:ジェンダー平等を実現しよう
ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る
目標6:安全な水とトイレを世界中に
すべての人に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する
目標7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに
すべての人々に手ごろで信頼でき、
持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する
目標8:働きがいも経済成長も
すべての人のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用
及びディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する
目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう
強靭なインフラを整備し、包摂的で持続可能な産業化を推進するとともに、技術革新の拡大を図る
目標10:人や国の不平等をなくそう
国内および国家間の格差を是正する
目標11:住み続けられるまちづくりを
都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする
目標12:つくる責任、つかう責任
持続可能な消費と生産のパターンを確保する
目標13:気候変動に具体的な対策を
気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る
目標14:海の豊かさを守ろう
海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する
目標15:陸の豊かさを守ろう
陸上生態系の保護、回復及び持続可能な利用の推進、森林の持続可能な管理、
砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る
目標16:平和と公正をすべての人に
持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、
すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、
あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する
目標17:パートナーシップで目標を達成しよう
持続可能な開発に向けて実施手段を強化し、
グローバル・パートナーシップを活性化する
CSV(Creating Shared Value)という新しい概念の登場
CSVは、世の中の社会課題に目を向け、それを本業で解決することで、事業機会を生み出し、自社の成長につなげていこうという考え方です。(ハーバードビジネススクールのマイケル・E・ポーター教授が2011年に提唱)
CSVは、自社が社会的課題に対して将来的にどう向き合うのか、それに対して今から何をしておくのか、事業部門で働く一人ひとりが主体となって、長期的視野も取り入れつつ動いていく考え方です。
包摂的で強靱な社会の促進
開発は、すべての人々が機会の創出に貢献し、開発によってもたらされる恩恵を分かち合い、意思決定に参加して初めて「包摂的」であると言えます。
このため には雇用創出、効果的な社会保障や公共サービスが必要です。
一方、「強靭性」を築くということは、緊急援助、復旧・復興、持続的な開発という異なる段階の 活動を結びつけることも含みます。
それはまた、人々が経済危機や自然災害、紛争に際しても、よりよい未来を築き続けられるよう、人々に社会的な力をつける ことも意味しています。
持続可能な開発の実現に向けて基本理念
□普遍性:先進国を含め、すべての国が行動する
□包摂性:人間の安全保障の理念を反映し、「だれ一人残さない」取り組みとする
□参画型:全てのステークホルダー(政府・企業・NGO・有権者等)が役割を担う
□統合性:社会・経済・環境は不可分であり、統合的に取り組む
□透明性:モニタリング指標を定め、定期的にファローアップする
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